伊賀上野城

伊賀上野城
所在地 〒518-0873 三重県伊賀市上野丸之内106
公式サイト http://igaueno-castle.jp/

伊賀上野城完全ガイド|築城の名手・藤堂高虎が築いた高石垣と白鳳城の魅力

三重県伊賀市に佇む伊賀上野城は、「築城の名手」として名高い藤堂高虎が手がけた日本屈指の高石垣を持つ名城です。白い三層の天守閣が美しく、「白鳳城」の愛称で親しまれています。伊賀盆地を見下ろす丘陵地に築かれたこの城は、戦国時代から江戸時代にかけての激動の歴史を今に伝える貴重な史跡として、昭和42年には国の史跡に指定されました。

本記事では、伊賀上野城の歴史的背景から見どころ、アクセス情報まで、訪問前に知っておきたい情報を網羅的にご紹介します。

伊賀上野城の歴史

筒井定次による築城(1585年)

伊賀上野城の歴史は、天正13年(1585年)に豊臣秀吉の家臣である筒井定次が築城したことに始まります。当時、この地には平楽寺という大寺院がありましたが、織田信長の天正伊賀の乱の際に伊賀勢の拠点となり、伊賀勢の敗北とともに焼失していました。

筒井定次は、高丘の頂上を本丸とし、東寄りに三層の天守閣を建設しました。菊岡如幻の『伊水温故(いすいうんご)』によれば、城下町は古くから開けていた北側(現在の小田町)を中心に整備されました。この城は大阪城から木津川経由で約1日の距離にある重要な防衛拠点として位置づけられ、長さ12間、幅7間の天守台の上に三層の天守が置かれていたと記録されています。

藤堂高虎による大改修(1608年以降)

慶長13年(1608年)6月、筒井定次は改易となり、代わって徳川家康の信頼厚い藤堂高虎が伊賀国の領主として入城しました。高虎は家康から大阪城に対抗する西国への備えとして、伊賀上野城の大規模な改修を命じられます。

藤堂高虎は「築城の名手」として知られ、今治城、津城、膳所城など数々の名城を手がけた人物です。伊賀上野城では、それまでの東向きの城郭を西向きに変更し、豊臣方への防備を固めました。特に注目すべきは、高さ約30メートルにも及ぶ高石垣の構築です。この石垣は現在でも日本有数の高さを誇り、伊賀上野城最大の見どころとなっています。

高虎は五重の天守閣も計画していましたが、慶長17年(1612年)にこの地を襲った暴風雨によって建設途中の天守が倒壊してしまいます。その後、慶長19年(1614年)から翌年にかけての大坂の陣で徳川家康が勝利したため、豊臣氏への備えとしての役割が終わり、天守は再建されることなく未完成のまま工事が中止されました。

江戸時代から現代へ

筒井定次時代の天守閣は、寛永10年(1633年)頃に倒壊したと推定されています。その後、伊賀上野城は津藩の支城として明治時代まで藤堂氏の一族が城代として居城しました。当時天守閣があった場所には、現在「筒井天守跡」と刻まれた石碑が建っています。

明治維新後、多くの城が取り壊される中、伊賀上野城の石垣と内堀は奇跡的に残りました。そして昭和10年(1935年)、地元の国会議員であった川崎克氏が私財を投じて、木造三層の模擬天守を建設しました。この天守は伊賀市有形文化財に指定されており(昭和60年3月18日)、現在も伊賀上野のシンボルとして市民や観光客に親しまれています。

伊賀上野城の見どころ

日本有数の高石垣

伊賀上野城最大の見どころは、何といっても藤堂高虎が築いた高石垣です。内堀からそびえ立つ石垣は高さ29.7メートル、長さ368メートルにも及び、大阪城、江戸城に次ぐ日本屈指の高さを誇ります。

下から見上げると、その圧倒的な高さに息を呑むことでしょう。石垣は「打込接(うちこみはぎ)」という技法で積まれており、石と石の間に隙間を作らず、より強固な構造を実現しています。この高石垣は映画やドラマのロケ地としても頻繁に使用され、時代劇の撮影には欠かせない名所となっています。

石垣の上から下を覗き込むこともできますが、その高さゆえに足がすくむほどです。かつてこの石垣を登って城内に侵入することは、まず不可能だったことが実感できます。高虎の築城技術の高さと、徳川家康が大坂城への備えとしていかに重要視していたかが伝わってきます。

白鳳城と呼ばれる天守閣

現在の天守閣は昭和10年に川崎克氏によって建てられた木造三層の建物です。白い外観が美しく、「白鳳城」という雅な別名で呼ばれています。模擬天守ではありますが、木造建築ならではの風格があり、戦国時代の雰囲気を色濃く残しています。

天守閣内部は三層からなり、各階には武具や甲冑、藤堂家ゆかりの品々が展示されています。特に注目すべきは藤堂高虎の黒漆塗の兜で、築城の名手の遺品を間近で見ることができる貴重な機会です。

最上階の天井には、横山大観をはじめとする著名な画家や書家による色紙46点が飾られています。これらの色紙は昭和初期に天守が建設された際に寄贈されたもので、文化的価値も高い作品群です。最上階からは伊賀盆地を一望でき、城下町を見下ろす眺めは格別です。晴れた日には遠く山々まで見渡すことができ、かつての城主たちもこの景色を眺めていたのかと思うと、歴史のロマンを感じずにはいられません。

筒井天守跡

本丸の一角には、筒井定次が築いた最初の天守があった場所を示す「筒井天守跡」の石碑が建っています。寛永10年(1633年)頃に倒壊したとされるこの天守の痕跡は、伊賀上野城の重層的な歴史を物語る重要なポイントです。

現在の天守閣とは別の場所にあったこの天守跡を訪れることで、城の変遷を実感することができます。筒井定次の時代と藤堂高虎の時代で、城の向きや構造がどのように変わったのかを理解する手がかりとなるでしょう。

内堀と城郭

伊賀上野城の内堀は、高石垣とともに当時の姿を今に伝える貴重な遺構です。水を湛えた堀と石垣の組み合わせは、防御施設としての機能美を感じさせます。特に春には桜が咲き誇り、堀の水面に映る桜と石垣、天守閣の調和が見事な景観を作り出します。

城郭全体は平山城の形式で、伊賀盆地の北側の丘陵地に築かれています。山に囲まれた9里四方の小さな伊賀盆地において、この城は戦略的要衝として機能していました。城内を散策すると、高虎が計算し尽くした縄張りの巧みさを随所に感じることができます。

藤堂家ゆかりの展示品

天守閣内には、藤堂家に伝わる武具、甲冑、刀剣類が数多く展示されています。これらは江戸時代を通じて津藩を治めた藤堂家の歴史を伝える貴重な品々です。特に戦国時代から江戸時代初期にかけての武具は、当時の武士の生活や戦闘様式を知る上で重要な資料となっています。

展示品の中には、藤堂高虎が実際に使用したとされる品も含まれており、築城の名手として知られた高虎の人物像に触れることができます。

伊賀上野城の基本情報

所在地・アクセス

住所: 〒518-0873 三重県伊賀市上野丸之内106

電話番号: 0595-21-3148

アクセス方法:

  • 電車: 伊賀鉄道「上野市駅」から徒歩約8分
  • : 名阪国道「上野IC」から約5分、「中瀬IC」から約10分
  • 駐車場: 周辺に有料駐車場あり(上野公園駐車場など)

開館時間・休館日

開館時間: 9:00~17:00(入館は16:45まで)

休館日: 12月29日~31日

入館料金

個人料金:

  • 大人(高校生以上): 600円
  • 小人(小・中学生): 300円

団体料金(30名以上):

  • 大人: 500円
  • 小人: 250円

管理・運営

伊賀上野城は公益財団法人伊賀文化産業協会によって管理・運営されています。城跡は国の史跡名勝記念物(昭和42年12月27日指定)、天守閣は伊賀市有形文化財(昭和60年3月18日指定)として保護されています。

伊賀上野城周辺の観光スポット

忍者博物館(伊賀流忍者博物館)

伊賀上野城のすぐ近くにある忍者博物館は、伊賀流忍者の歴史と文化を体験できる施設です。忍者屋敷では隠し扉やからくりを実演で見ることができ、忍術ショーも人気です。伊賀は甲賀と並ぶ忍者の里として知られており、城とセットで訪れることで伊賀の歴史をより深く理解できます。

上野公園

伊賀上野城は上野公園内に位置しています。公園内には俳聖殿や芭蕉翁記念館もあり、松尾芭蕉の生誕地である伊賀の文化に触れることができます。春には桜の名所として多くの花見客で賑わい、秋には紅葉が美しい散策スポットとなります。

だんじり会館

伊賀上野の伝統行事「上野天神祭」で使用されるだんじりや鬼行列の面などが展示されている施設です。ユネスコ無形文化遺産にも登録された祭りの魅力を一年中体験できます。

伊賀の里モクモク手づくりファーム

伊賀市郊外にある体験型農業公園で、ソーセージ作りやパン作りなどの体験ができます。家族連れに人気のスポットで、伊賀観光の際に立ち寄るのにおすすめです。

伊賀上野城の楽しみ方

桜の季節の訪問

伊賀上野城は三重県内でも有数の桜の名所です。春になると城内や上野公園に約600本の桜が咲き誇り、白い天守閣と桜のコントラストが見事です。夜にはライトアップも行われ、幻想的な夜桜を楽しむことができます。花見の時期は多くの観光客で賑わうため、早めの時間帯の訪問がおすすめです。

写真撮影スポット

伊賀上野城は写真撮影に最適なスポットが数多くあります。高石垣を下から見上げるアングル、天守閣と桜や紅葉を組み合わせた構図、最上階からの眺望など、季節や時間帯によって様々な表情を見せてくれます。特に朝の柔らかい光の中での撮影や、夕暮れ時のマジックアワーは格別です。

歴史散策コース

伊賀上野城を中心に、城下町の面影が残る町並みを散策するのもおすすめです。武家屋敷跡や寺社仏閣、古い商家などが点在しており、江戸時代の雰囲気を感じながら歩くことができます。伊賀上野観光協会では散策マップも提供しているので、効率的に見どころを巡ることができます。

イベント・行事

伊賀上野城では年間を通じて様々なイベントが開催されています。春の桜まつり、秋の上野天神祭の時期には特別な雰囲気に包まれます。また、時代劇のロケ地としても使用されることがあり、運が良ければ撮影現場に遭遇することもあります。

最新のイベント情報は公式ホームページやお知らせ、ブログで確認できるので、訪問前にチェックすることをおすすめします。

伊賀上野城の魅力と価値

築城の名手・藤堂高虎の技術

伊賀上野城は、藤堂高虎の築城技術の粋を集めた城として高く評価されています。高虎は生涯で20以上の城の築城・改修に関わり、特に石垣技術において卓越した能力を発揮しました。伊賀上野城の高石垣は、その技術力の頂点を示すものといえるでしょう。

高虎は単に高い石垣を築いただけでなく、排水や地盤の安定性、防御効果など、あらゆる要素を計算し尽くした設計を行いました。400年以上経った現在も崩れることなく残る石垣は、その技術の確かさを証明しています。

未完の城としての物語性

伊賀上野城には「未完の城」という独特の物語性があります。藤堂高虎が計画した五重天守は暴風雨により倒壊し、大坂の陣での豊臣氏滅亡により再建されることなく工事が中止されました。もし完成していれば、日本屈指の巨城となっていたはずです。

この「完成しなかった城」という歴史が、訪れる人々の想像力をかき立てます。筒井天守跡に立ち、かつてここに建っていた天守に思いを馳せ、高虎が計画した五重天守を想像する——そんな歴史ロマンを感じられるのも伊賀上野城の魅力です。

文化財としての重要性

伊賀上野城は、城跡が国の史跡、天守閣が伊賀市有形文化財に指定されており、文化財としての価値も高く評価されています。特に江戸時代初期の石垣がほぼ完全な形で残っていることは、城郭研究において極めて貴重です。

また、昭和10年に建てられた木造天守も、戦前の模擬天守として歴史的価値があります。戦後のコンクリート造の復興天守とは異なり、伝統的な木造建築技術で建てられたこの天守は、それ自体が近代の文化遺産といえるでしょう。

訪問時の注意点とアドバイス

服装と持ち物

天守閣内は階段が急で、昔ながらの木造建築のため段差もあります。歩きやすい靴での訪問をおすすめします。また、高石垣の上は柵がない部分もあるため、小さなお子様連れの場合は特に注意が必要です。

夏場は天守内が暑くなることがあるので、飲み物を持参すると良いでしょう。冬場は冷え込むため、防寒対策も忘れずに。

所要時間

天守閣内の見学だけであれば30分~1時間程度ですが、高石垣をじっくり見たり、城内を散策したりすると1時間半~2時間は見ておきたいところです。周辺の忍者博物館や芭蕉翁記念館なども含めると、半日程度の観光時間を確保するのが理想的です。

混雑時期

桜の開花時期(3月下旬~4月上旬)、ゴールデンウィーク、秋の行楽シーズンは混雑します。特に週末や祝日は駐車場が満車になることもあるので、公共交通機関の利用も検討しましょう。平日や早朝の時間帯は比較的空いており、ゆっくりと見学できます。

最新情報の確認

イベント情報や臨時休館などの最新情報は、公式ホームページで確認できます。また、伊賀上野観光協会のサイトでは周辺観光情報も充実しているので、訪問前にチェックすることをおすすめします。

まとめ

伊賀上野城は、築城の名手・藤堂高虎が築いた日本有数の高石垣と、白鳳城と呼ばれる美しい天守閣が魅力の名城です。筒井定次による最初の築城から、高虎による大改修、未完に終わった五重天守の物語、そして昭和の天守再建まで、重層的な歴史を持つこの城は、訪れる人々に深い感動を与えてくれます。

高さ約30メートルの高石垣は圧巻の迫力で、築城技術の粋を今に伝えています。天守閣からの眺望、藤堂家ゆかりの展示品、横山大観らの色紙など、見どころも豊富です。春の桜、秋の紅葉と四季折々の美しさも楽しめます。

伊賀の里を訪れた際には、ぜひ伊賀上野城に足を運んでみてください。忍者の里としても知られる伊賀の歴史と文化を、この城を通じて深く感じることができるでしょう。三重県伊賀市上野丸之内に佇むこの名城は、歴史ファンはもちろん、すべての訪問者に特別な体験を約束してくれます。

地図

Google マップで開く

Google マップで開く

近隣の城郭