久留米城の歴史と見どころ完全ガイド|石垣と堀が残る有馬氏の居城跡
福岡県久留米市篠山町に位置する久留米城は、筑後川沿いの小高い丘に築かれた平山城です。江戸時代の久留米藩を約250年にわたって治めた有馬氏の居城として知られ、現在も見事な石垣や内濠が往時の姿を伝えています。続日本100名城にも選定されているこの歴史的な城郭について、その歴史から現在の見どころまで詳しくご紹介します。
久留米城の歴史
築城以前と笹原城の時代
久留米城の起源は室町時代後期の永正年間(1504年~1521年)にさかのぼります。この地の土豪が「篠原城」または「笹原城」と称する砦程度の施設を築いたのが始まりとされています。筑後川の泥湿地という天然の要害を利用したこの場所は、古くから軍事的な重要性が認識されていました。
当初は小規模な砦に過ぎなかった笹原城ですが、筑後地方の要衝として徐々にその重要性を増していきました。筑後川という天然の堀と、周辺の湿地帯が天然の防御施設となり、この地は戦略的な価値を持つ場所として注目されるようになります。
毛利秀包による近世城郭への転換
久留米城が近世大名の居城として本格的に整備されたのは、天正15年(1587年)のことです。豊臣秀吉の九州国割により、毛利元就の九男である毛利秀包が13万石で入封しました。秀包は中国地方の名門毛利家の出身であり、城郭建設の知識と技術を持っていました。
毛利秀包は笹原城を大幅に改修し、本丸を近世城郭の体裁に整えました。この時期に、石垣を用いた本格的な城郭構造が導入され、久留米城は単なる砦から戦国大名の居城へと生まれ変わりました。秀包による改修は、後の久留米城の基礎となる重要な転換点でした。
田中吉政の時代
慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで東軍に属して功績を上げた田中吉政は、慶長6年(1601年)に筑後一国32万5千石の大名として久留米に入封しました。吉政は二男の則政を久留米城の藩主とし、自身は柳川城を本拠としました。
田中吉政は築城の名手として知られ、近江国の長浜城や三河国の岡崎城の改修でも実績を残していました。久留米城においても、城郭の整備と城下町の建設を進め、近世城郭としての完成度を高めました。本丸、二の丸、三の丸という縄張りが整備され、本丸のみを総石垣とする独特の構造が形成されたのもこの時期です。
有馬氏の入封と久留米藩の確立
元和6年(1620年)、田中家が三代で断絶すると、元和7年(1621年)に丹波国福知山から有馬豊氏が21万石で転封されました。豊氏はキリシタン大名として知られた有馬晴信の子で、久留米藩の初代藩主となりました。
有馬氏は以後、明治維新まで約250年間にわたって久留米藩を統治しました。久留米城は久留米藩の政治・経済・文化の中心として機能し、城下町も大いに発展しました。歴代藩主は城郭の維持管理に努めるとともに、藩政の安定と領民の福祉向上に尽力しました。
有馬氏の治世下で、久留米は筑後地方の中心都市として繁栄し、文化的にも発展を遂げました。藩校「明善堂」の設立など、教育にも力を入れ、多くの人材を輩出しました。
幕末から明治維新へ
幕末期、久留米藩は尊王攘夷運動の中心地の一つとなりました。藩内には勤王派の志士が多く、明治維新において重要な役割を果たしました。戊辰戦争では新政府軍に属し、九州における新政府の拠点として機能しました。
明治4年(1871年)の廃藩置県により久留米藩は久留米県となり、その後福岡県に編入されました。明治時代初頭には城の建造物の大半が解体され、石垣と堀を残すのみとなりました。ただし、本丸の水手御門は久留米市草野町草野の寿本寺山門として移築され、現存しています。
久留米城の構造と縄張り
平山城としての立地
久留米城は筑後川沿いの標高約30メートルの丘陵地に築かれた平山城です。北側は筑後川という天然の堀に守られ、南側には人工的な堀と土塁が設けられました。筑後川の泥湿地を利用した防御システムは、城の堅固さを大いに高めました。
平山城という立地は、平城の利便性と山城の防御力を兼ね備えた理想的な形態でした。城下町との連絡も容易で、政治の中心としても機能しやすい構造となっていました。
本丸・二の丸・三の丸の配置
久留米城は本丸、二の丸、三の丸で構成される梯郭式の縄張りでした。本丸を北端に配し、南に向かって二の丸、三の丸が続くという配置です。大手門は本丸の南側に設けられ、南から北へ向かって城内に入る構造となっていました。
本丸は総石垣で囲まれた堅固な造りで、藩主の御殿や政庁が置かれていました。二の丸と三の丸には家臣の屋敷や倉庫などが配置され、城郭全体が行政機能を持つ複合施設として機能していました。
現在、二の丸と三の丸の跡地はブリジストンの国内最大級の工場となっており、往時の面影はほとんど残っていません。しかし、本丸跡は公園として整備され、石垣や堀など重要な遺構が保存されています。
石垣の特徴
久留米城の最大の見どころの一つが、本丸を囲む見事な石垣です。高さは場所によって異なりますが、最も高い部分では10メートル以上に達します。石垣は野面積みから打込接ぎ、切込接ぎまで、時代によって異なる積み方が見られ、城郭建設技術の変遷を知ることができます。
特に本丸南面の石垣は保存状態が良く、江戸時代の石垣技術の高さを実感できます。石材は主に地元で産出される安山岩が使用されており、堅固な造りとなっています。角部分には「算木積み」と呼ばれる技法が用いられ、構造的な強度を高めています。
石垣の勾配は「扇の勾配」と呼ばれる美しい曲線を描いており、実用性と美しさを兼ね備えた設計となっています。この石垣は400年以上の歳月を経た現在も、ほぼ当時のままの姿を保っています。
堀と水利システム
久留米城には内濠と外濠が設けられていました。現在も本丸の南側には内濠が残されており、往時の雄姿をしのぶことができます。堀の水は筑後川から引き込まれ、常に一定の水位が保たれる仕組みになっていました。
筑後川の泥湿地という立地を最大限に活用した水利システムは、久留米城の防御力を大きく高めました。敵が攻め込むには堀を渡る必要があり、その間に城内から攻撃を受けるという防御構造が確立されていました。
久留米城跡の見どころ
篠山神社
本丸跡には、久留米藩初代藩主・有馬豊氏を祀る篠山神社が鎮座しています。明治13年(1880年)に創建されたこの神社は、有馬氏の功績を後世に伝える重要な施設です。
篠山神社の社殿は本丸御殿があった場所に建てられており、かつての藩政の中心地に立つことができます。境内からは久留米市街を一望でき、藩主たちがこの場所から領地を見渡していた様子を想像することができます。
神社の名前の由来となった「篠山」は、久留米城の別名である「笹原城」に関連しており、この地の歴史を今に伝えています。毎年、例祭が執り行われ、地域の人々に親しまれています。
有馬記念館
本丸跡のもう一つの重要施設が有馬記念館です。昭和32年(1957年)に開館したこの記念館では、歴代藩主の武具、甲冑、刀剣、工芸品など、有馬家に伝わる貴重な資料が展示されています。
久留米藩政資料を中心とした展示は、江戸時代の久留米藩の歴史と文化を理解する上で非常に重要です。藩主の書状、藩政に関する古文書、城下町の絵図など、多岐にわたる資料が収蔵されています。
特に注目すべきは、有馬家に代々伝わる甲冑や刀剣のコレクションです。これらの武具は単なる武器ではなく、大名家の格式と権威を示す美術工芸品としての価値も高く、精緻な装飾が施されています。
記念館では企画展も定期的に開催されており、久留米の歴史や文化に関する様々なテーマが取り上げられています。久留米城を訪れた際には、ぜひ立ち寄りたい施設です。
石垣と内濠の散策
久留米城跡を訪れたら、本丸を囲む石垣と内濠をゆっくりと散策することをおすすめします。特に本丸南側の石垣は圧巻で、その高さと美しい曲線に驚かされます。
石垣の下から見上げると、その迫力と技術の高さを実感できます。また、異なる時代に積まれた石垣を比較することで、築城技術の変遷を学ぶこともできます。
内濠沿いの遊歩道は整備されており、四季折々の自然を楽しみながら散策できます。春には桜が咲き誇り、花見の名所としても知られています。堀に映る石垣と桜の風景は、久留米城の代表的な景観の一つです。
移築現存する水手御門
久留米城の建造物のほとんどは明治時代に解体されましたが、本丸の水手御門は久留米市草野町草野の寿本寺に山門として移築され、現存しています。城郭建築の実物を見ることができる貴重な遺構です。
水手御門は城の北側、筑後川に面した場所に設けられていた門で、水運との連絡に使用されていました。移築された門は当時の姿をよく留めており、久留米城の建築様式を知る上で重要な資料となっています。
久留米城跡を訪れた際には、少し足を延ばして寿本寺の水手御門も見学することをおすすめします。城跡と合わせて訪れることで、久留米城の全体像をより深く理解することができます。
アクセスと観光情報
交通アクセス
久留米城跡へのアクセスは、JR久留米駅が最寄り駅となります。駅からは徒歩約15分で、ブリジストン通りを北に向かって歩くと到着します。道中には久留米の商店街もあり、街並みを楽しみながら歩くことができます。
西鉄久留米駅からは徒歩約20分です。バスを利用する場合は、西鉄バス「六ツ門」バス停または「久留米市役所前」バス停が便利です。
車でアクセスする場合は、九州自動車道久留米インターチェンジから約15分です。城跡周辺には駐車場も整備されており、観光客の利便性が考慮されています。
駐車場情報
久留米城跡には専用の駐車場が設けられています。有馬記念館を利用する場合は、記念館の駐車場を利用できます。台数に限りがあるため、休日や桜の季節などは混雑する可能性があります。
周辺には久留米市の公共駐車場もあり、そちらを利用することも可能です。城跡周辺は市街地のため、コインパーキングも点在しています。
見学時間と料金
久留米城跡の本丸跡は公園として開放されており、見学は自由です。24時間いつでも訪れることができますが、夜間は照明が限られるため、日中の見学がおすすめです。
有馬記念館の開館時間は午前10時から午後5時まで(入館は午後4時30分まで)です。休館日は月曜日(祝日の場合は翌日)と年末年始です。入館料は一般200円、高校生以下無料となっています。
篠山神社は参拝自由ですが、社務所の対応時間は限られていますので、御朱印などを希望する場合は事前に確認することをおすすめします。
周辺の観光スポット
久留米城跡の周辺には、久留米の歴史と文化を体験できる観光スポットが点在しています。
石橋文化センターは、ブリジストン創業者・石橋正二郎氏が久留米市に寄贈した文化施設で、美術館や日本庭園があります。久留米城跡から徒歩約10分の距離にあり、合わせて訪れるのに最適です。
水天宮は全国の水天宮の総本宮で、安産や子育ての神様として信仰を集めています。筑後川沿いに位置し、久留米城跡からは徒歩約20分です。
久留米市美術館は石橋文化センター内にあり、石橋コレクションを中心に、近現代の日本画や洋画を展示しています。
城下町の面影を残す街並みを散策するのもおすすめです。久留米は筑後地方の中心都市として発展してきた歴史があり、古い商家や寺社が点在しています。
グルメ情報
久留米は「豚骨ラーメン発祥の地」として知られ、市内には多くのラーメン店があります。久留米ラーメンは濃厚な豚骨スープが特徴で、全国的にも人気があります。久留米城跡周辺にも老舗のラーメン店が多く、観光の合間に本場の味を楽しむことができます。
また、久留米は焼き鳥の街としても有名です。「久留米焼き鳥」は豚や牛のホルモンを串に刺して焼いたもので、独特の食文化を形成しています。夜には焼き鳥店が賑わい、地元の人々や観光客で溢れます。
筑後地方は農業が盛んで、新鮮な野菜や果物も豊富です。季節の食材を使った郷土料理も楽しめます。
久留米城と続日本100名城
久留米城は平成29年(2017年)に「続日本100名城」に選定されました。続日本100名城は、公益財団法人日本城郭協会が日本100名城に続いて選定した城郭で、久留米城はその一つとして認められています。
続日本100名城スタンプは、有馬記念館に設置されています。城郭巡りを趣味とする方々にとって、久留米城は必見のスポットとなっています。スタンプを集めながら、全国の城郭を巡る楽しみは、歴史ファンの間で広く親しまれています。
久留米城は福岡県三名城の一つにも数えられており、福岡城(舞鶴城)、小倉城とともに、福岡県を代表する城郭として位置づけられています。
久留米城の四季
春の桜
久留米城跡は桜の名所としても知られています。本丸跡や堀沿いには多くの桜が植えられており、春には見事な花を咲かせます。石垣と桜のコントラストは美しく、多くの花見客で賑わいます。
夜にはライトアップも行われ、幻想的な夜桜を楽しむことができます。堀の水面に映る桜と石垣の景色は、久留米城の春の風物詩となっています。
夏の新緑
夏には本丸跡の木々が青々と茂り、涼やかな雰囲気に包まれます。筑後川からの風が心地よく、散策に適した季節です。石垣の緑のコントラストも美しく、写真撮影にも最適です。
秋の紅葉
秋には紅葉が城跡を彩ります。イチョウやモミジが色づき、石垣や堀との調和が見事です。秋の澄んだ空気の中で、歴史散策を楽しむことができます。
冬の静寂
冬の久留米城跡は訪れる人も少なく、静かな雰囲気に包まれます。落葉した木々の間から見える石垣は、より力強い印象を与えます。澄んだ空気の中で、じっくりと歴史に思いを馳せることができる季節です。
久留米城の保存と活用
久留米城跡は久留米市によって管理され、保存と活用が進められています。石垣の修復や堀の整備など、遺構の保存には継続的な努力が払われています。
近年では、城跡を活用したイベントも開催されています。歴史講座やガイドツアー、季節のイベントなど、市民や観光客が久留米城の歴史に触れる機会が増えています。
有馬記念館では、定期的に企画展が開催され、久留米藩の歴史や文化を様々な角度から紹介しています。地域の歴史教育の場としても重要な役割を果たしています。
まとめ
久留米城は、筑後川沿いに築かれた平山城として、約400年の歴史を持つ重要な史跡です。毛利秀包、田中吉政、そして有馬氏と、名だたる大名が居城とし、久留米藩の中心として機能してきました。
現在は本丸の石垣と堀が往時の姿を伝え、篠山神社と有馬記念館が歴史と文化を継承しています。続日本100名城に選定された久留米城は、福岡県を代表する城郭として、多くの歴史ファンや観光客を魅せています。
JR久留米駅から徒歩15分というアクセスの良さも魅力で、久留米観光の中心スポットとして最適です。石垣の美しさ、歴史の重み、そして四季折々の自然を楽しめる久留米城跡は、訪れる価値のある場所です。
久留米を訪れた際には、ぜひ久留米城跡に足を運び、有馬氏が治めた久留米藩の歴史に触れてみてください。見事な石垣と堀、篠山神社、有馬記念館が、江戸時代の久留米の姿を今に伝えています。
