上中城(京都府)

上中城(京都府)
所在地 〒601-0532 京都府京都市右京区京北上中町城下町37−5

上中城(京都府)完全ガイド:平安時代末期の楕円形平城の全貌と見どころ

上中城とは

上中城(かみなかじょう)は、京都府京都市右京区京北下中町に所在する平安時代末期から鎌倉時代にかけての平城です。別名を田中城田中ノ小城とも呼ばれ、京都市指定史跡として保護されています。

京都市街地から北方へ車で約1時間、周山盆地の北部に位置するこの城跡は、平野部の水田に囲まれた場所にあり、現在も当時の面影を色濃く残す貴重な文化財です。平地に築かれた城としては非常に珍しい楕円形の縄張りを持ち、12世紀から13世紀という古い時期の城郭構造を良好な状態で保存している点で、城郭史上極めて重要な遺跡といえます。

上中城の歴史

築城と北面の武士伝承

上中城の築城時期については、天仁年間(1108年~1110年)に築かれたとする伝承が最も有力です。『京北町史』などの地域史料によれば、築城者は蔵人大夫正平の末裔である九郎国眞とされています。

九郎国眞は北面の武士の一人であったと伝えられています。北面の武士とは、平安時代後期に院政を行った上皇の御所(院御所)を警備する武士団のことで、白河上皇の時代(1086年~1129年)に設置されました。天皇を退位した院の御所を警備する任務に就いていた武士が、この地に城を構えたという伝承は、当時の政治情勢と京都北部の開発状況を物語る興味深い歴史背景を持っています。

室町時代の弓削氏

一方で、室町時代に弓削国直が築いたとする説も存在します。弓削国直は弓削荘の荘司(荘園の管理者)となり、この地を居城としました。国直の孫である越前守頼泰は草木氏の姓を賜り、代々この地を治めたとされています。

弓削氏(草木氏)は室町時代から戦国時代にかけて京北地域の有力国人として活動しました。天正年間(1573年~1592年)には、城主越前守守親が病死し、その子太郎左衛門吉長が家督を継いだという記録が残っています。

明智光秀と周山城の時代

天正年間、織田信長の命を受けた明智光秀がこの地域に進出し、近隣の山上に周山城を築城しました。周山城は京北地域の拠点として大規模な山城でしたが、本能寺の変(1582年)後の光秀の死により廃城となります。

この時期、上中城の城主であった草木氏がどのような立場にあったかは明確ではありませんが、地域の有力者として光秀の丹波支配に何らかの形で関わっていたと考えられます。周山城築城の頃、上中城の城主越前守守親が病死したという記録は、この激動の時代を物語っています。

発掘調査で明らかになった城の実像

近年の発掘調査により、上中城の具体的な構造と使用時期が科学的に明らかになりました。調査の結果、この城は12世紀から13世紀を中心に使用されていたことが判明し、天仁年間築城説を裏付ける重要な証拠となっています。

平安時代末期から鎌倉時代という時期は、武士が台頭し荘園制度が発達した時代です。上中城はまさにこの転換期における地方武士の居館として機能していたと考えられ、日本の城郭史において貴重な資料を提供しています。

上中城の構造と特徴

楕円形という珍しい縄張り

上中城の最大の特徴は、その楕円形の縄張りです。日本の城郭は通常、方形または不整形なものが多く、平地に築かれた城で楕円形を呈する例は極めて稀です。この独特な形状は、地形的制約や防御上の工夫、あるいは築城時期の古さを反映している可能性があります。

発掘調査により明らかになった城の規模は以下の通りです:

  • 東西:約84メートル
  • 南北:約40メートル
  • 城内面積:約3,000平方メートル
  • 周辺水田からの高さ:約1メートル

城の規模としては中小規模ですが、平安時代末期の地方武士の居館としては標準的な大きさといえます。周辺部の水田より1メートル程度盛り上がった微高地に築かれており、わずかな高低差を利用した防御構造となっています。

堀と土塁の構造

上中城の防御施設として、土塁が確認されています。

堀の構造:

  • 幅:約5メートル
  • 深さ:約1メートル
  • 城の周囲を全周する形で巡っていた

現在、堀の大部分は埋め立てられていますが、周囲を巡る砂利道がかつての堀跡を示しています。幅5メートル、深さ1メートルという規模は、大規模な水堀ではなく、むしろ区画を明確にし、簡易な防御機能を持つ空堀であったと考えられます。

土塁の構造:

  • 幅:約5メートル
  • 高さ:約1.8メートル
  • 長さ:約20メートル
  • 位置:城内の北端部

土塁は現在も北西側に良好な状態で残存しており、上中城の最も重要な遺構となっています。高さ1.8メートルという規模は、防御施設としての実用性を持ちながらも、威圧的な軍事施設というよりは居館的性格を示しています。

城内の区画

城内は現在、北半分と南半分で利用状況が異なっています。北半分は公園風に整備され、芝生広場となっており、訪問者が遺構を観察しやすい環境が整えられています。南半分は畑として利用されており、城跡が現在も地域の生活の中に息づいていることを示しています。

芝生広場は南東側に向かって三段に仕切られて下がっており、わずかな段差が当時の区画構造を反映している可能性があります。平安時代末期の居館では、主殿、倉庫、厩などが配置されていたと考えられますが、具体的な建物配置については今後の研究が待たれます。

上中城の見どころ

北側の土塁跡

上中城を訪れた際に必ず見ておきたいのが、北西側に残る土塁跡です。高さ約1.8メートル、長さ約20メートルにわたって続く土塁は、平安時代末期から鎌倉時代の土木技術を今に伝える貴重な遺構です。

土塁の上に立つと、城内全体を見渡すことができ、楕円形の縄張りを実感することができます。また、周辺の田園風景との対比から、当時この地がいかに重要な拠点であったかを想像することができます。

堀跡を示す周囲の砂利道

城跡の周囲を巡る砂利道は、かつての堀跡を示しています。幅5メートルの堀が全周していた様子を、現地を歩きながら確認することができます。堀跡に沿って一周すると、楕円形の縄張りの全体像を把握でき、平地の城の構造を理解する絶好の機会となります。

案内板と説明板

城跡には案内板が設置されており、上中城の歴史や構造について詳しい説明を読むことができます。発掘調査の成果や城の変遷についても記載されており、訪問前に予習するだけでなく、現地で実際の遺構を見ながら理解を深めることができます。

楕円形の縄張りの全体像

城跡全体が良好な状態で保存されているため、楕円形という珍しい縄張りの全体像を把握できる点が、上中城の最大の魅力です。多くの城跡が開発により改変されている中、上中城は平安時代末期の姿を色濃く残しており、当時の城郭を実感できる貴重な場所となっています。

周辺の田園風景と水車

上中城は平野部の水田に囲まれた場所にあり、隣接する小川には水車を見ることもできます。この牧歌的な風景は、京都市内でありながら時間がゆっくりと流れる京北地域の魅力を象徴しています。城跡訪問とあわせて、周辺の田園風景を楽しむことも、上中城ならではの体験といえるでしょう。

上中城へのアクセス

所在地

京都府京都市右京区京北下中町

京都市内とはいえ、市街地からかなり北方に位置しており、山間部の盆地にあります。周山城のある周山盆地のさらに北方に位置しています。

車でのアクセス

上中城へは車でのアクセスが最も便利です。

  • 京都市街地から国道162号線(周山街道)を北上
  • 周山を経由してさらに北へ
  • 所要時間:京都市街地から約1時間

城跡の近くには駐車スペースが用意されており、安心して訪問できます。ただし、大型車両の駐車は困難な場合があるため、普通車での訪問が推奨されます。

公共交通機関でのアクセス

公共交通機関を利用する場合は、JRバスまたは京都バスを利用することになりますが、本数が限られているため、事前に時刻表を確認することをお勧めします。最寄りのバス停から城跡までは徒歩圏内ですが、人家がまばらな地域のため、時間に余裕を持った計画が必要です。

訪問時の注意点

  • 城跡の一部は畑として利用されているため、私有地に立ち入らないよう注意が必要です
  • 公園部分は自由に見学できますが、遺構の保護にご協力ください
  • 周辺は農村地域のため、騒音など近隣への配慮をお願いします
  • 冬季は積雪の可能性があるため、道路状況を事前に確認してください

周辺の見どころ

周山城

上中城から南方、周山盆地を見下ろす山上には周山城があります。明智光秀が天正年間に築いた大規模な山城で、石垣や曲輪の遺構が良好に残っています。上中城が平安時代末期の平城であるのに対し、周山城は戦国時代の山城という対照的な性格を持っており、両城を訪問することで城郭の発展史を実感することができます。

京北地域の歴史文化

京北地域は古くから林業が盛んで、「北山杉」の産地として知られています。上中城訪問の際には、地域の伝統文化や美しい自然景観も楽しむことができます。また、地域には古い神社仏閣も点在しており、歴史散策に適した環境が整っています。

上中城の文化財としての価値

平安時代末期に遡る古い城

上中城の最大の価値は、平安時代末期に遡る非常に古い城である点です。日本の城郭の多くは戦国時代以降のものであり、12世紀から13世紀という古い時期の城郭が良好な状態で残る例は極めて限られています。

この時期は、武士が台頭し始め、荘園を基盤とした地方支配が確立していく過程にありました。上中城は、そうした時代の地方武士の居館のあり方を具体的に示す貴重な資料となっています。

楕円形という珍しい形状

平地に築かれた城で楕円形を呈する例は非常に珍しく、城郭研究において重要な位置を占めています。なぜ楕円形という形状が選ばれたのか、その理由については諸説ありますが、地形的制約、築城技術の特徴、あるいは防御思想の反映など、様々な要因が考えられます。

城跡全体が良好に保存

多くの城跡が開発により改変されたり、一部しか残っていない中、上中城は城跡全体が良好な形で残っている点で特筆されます。土塁、堀跡、楕円形の縄張りなど、主要な遺構が確認でき、当時の城の全体像を把握できる貴重な事例となっています。

これらの特徴から、上中城は京都市指定史跡として保護されており、地域の重要な文化財として大切に守られています。

上中城と北面の武士

上中城の築城伝承に登場する北面の武士について、もう少し詳しく見てみましょう。

北面の武士は、白河上皇が院政を開始した際に、院御所の警備のために設置した武士団です。それまで朝廷の警備は主に検非違使が担当していましたが、院政期には上皇独自の武力として北面の武士が重要な役割を果たしました。

北面の武士には、平氏や源氏などの有力武士団から選ばれた者が任命されました。彼らは京都での警備任務の傍ら、地方に所領を持ち、そこから収入を得ていました。九郎国眞が上中城を築いたという伝承は、北面の武士が京都北部の荘園に所領を持ち、そこに居館を構えていた実態を反映している可能性があります。

天仁年間(1108年~1110年)は、白河上皇の院政期にあたり、北面の武士制度が確立していた時期です。この時期に京都北部の京北地域に城が築かれたという伝承は、歴史的背景とも整合性があり、信憑性が高いといえます。

発掘調査から見えてきたこと

近年実施された発掘調査により、上中城について多くの新事実が明らかになりました。

使用時期の確定

出土した土器や遺物の分析から、上中城が12世紀から13世紀を中心に使用されていたことが科学的に証明されました。これは天仁年間(1108年~1110年)の築城伝承と矛盾せず、平安時代末期から鎌倉時代にかけてこの城が機能していたことを裏付けています。

具体的な構造の解明

発掘調査により、堀の幅(約5メートル)、深さ(約1メートル)、土塁の規模(幅約5メートル、高さ約1.8メートル、長さ約20メートル)など、具体的な数値が明らかになりました。これにより、文献記録だけでは分からなかった城の実像が浮かび上がってきました。

生活の痕跡

城内からは、当時の生活を示す遺物も出土しており、単なる軍事施設ではなく、日常的な居住空間としても機能していたことが確認されています。平安時代末期の地方武士の生活実態を知る上で、貴重な情報を提供しています。

上中城を訪れる意義

上中城は、有名な観光地ではありませんが、城郭史や日本中世史に興味のある方にとっては、訪れる価値の高い史跡です。

平安時代の城を体感できる

戦国時代の城は全国各地に残っていますが、平安時代末期の城を実際に訪れて体感できる機会は限られています。上中城では、12世紀という古い時期の城郭のあり方を、現地で実感することができます。

静かな環境での歴史探訪

京都市内の観光地とは異なり、上中城は静かな田園地帯にあります。観光客で混雑することもなく、ゆっくりと遺構を観察し、歴史に思いを馳せることができる環境が整っています。

京北地域の魅力発見

上中城訪問は、京北地域という京都の隠れた魅力を発見する機会でもあります。美しい自然、伝統的な農村景観、そして豊かな歴史文化を持つこの地域は、京都の新たな一面を教えてくれます。

まとめ

上中城は、京都府京都市右京区京北に残る平安時代末期の平城で、以下のような特徴を持つ貴重な史跡です。

  • 天仁年間(1108年~1110年)に北面の武士によって築かれたとされる古い城
  • 平地の城としては珍しい楕円形の縄張りを持つ
  • 12世紀から13世紀を中心に使用されていたことが発掘調査で判明
  • 東西84メートル、南北40メートル、面積約3,000平方メートルの規模
  • 幅5メートル、深さ1メートルの堀が周囲を巡っていた
  • 北端部に幅5メートル、高さ1.8メートル、長さ20メートルの土塁が現存
  • 城跡全体が良好な状態で保存され、京都市指定史跡となっている

京都市街地から車で約1時間、周山盆地の北部に位置する上中城は、平安時代末期の地方武士の居館の実態を今に伝える貴重な文化財です。静かな田園風景の中に佇む城跡を訪れることで、日本の城郭史における重要な一ページを体感することができるでしょう。

周山城などの周辺史跡とあわせて訪問することで、平安時代から戦国時代に至る城郭の発展史を辿ることができ、より深い歴史理解につながります。京都の隠れた歴史スポットとして、上中城への訪問をぜひお勧めします。

地図

Google マップで開く

Google マップで開く

近隣の城郭