福井城の歴史と見どころ完全ガイド|結城秀康築城の名城を徹底解説
福井城は、現在の福井県福井市大手に位置する平城で、徳川家康の次男・結城秀康によって慶長11年(1606年)に築城されました。約270年間にわたり17代の越前松平家が居城とした名城で、現在は本丸跡地に福井県庁や福井県警察本部が庁舎を構えています。本記事では、福井城の歴史、見どころ、復元プロジェクト、アクセス情報まで詳しく解説します。
福井城の概要と歴史的重要性
福井城とは
福井城は越前国足羽郡北ノ庄(のちに福居、福井と改称)に築かれた平城です。関ヶ原の戦い後、徳川家康の次男である結城秀康が越前国67万石の領主として入封し、慶長6年(1601年)から築城を開始しました。本丸と二の丸の縄張りは徳川家康自らが設計したとも伝えられており、天下普請として全国の大名が手伝普請にあたった大規模な築城工事でした。
完成当時の福井城は、高さ約37メートル(約30メートルとする説もあり)、四層五階の壮大な天守閣を誇り、四重の水堀に囲まれた堅固な城郭でした。その規模は現在残る遺構の約20倍にも及んだとされ、当時の福井城の威容を物語っています。
城の変遷と歴代城主
福井城の歴史は、実は結城秀康以前にさかのぼります。この地には柴田勝家が築いた北ノ庄城がありました。
柴田氏 北ノ庄城時代
天正3年(1575年)、織田信長の家臣・柴田勝家が越前一向一揆を平定し、北ノ庄城を築城しました。しかし天正11年(1583年)、賤ヶ岳の戦いで豊臣秀吉に敗れた勝家は、妻のお市の方とともに北ノ庄城で自害し、城は焼失しました。
丹羽氏・堀氏時代
柴田氏の後、丹羽長秀の子・長重が入封しますが、後に改易され、堀秀政、次いで堀秀治が城主となりました。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦い後、堀氏は越後に移封されます。
青木氏(豊臣家の親族)時代
短期間ながら、青木一矩が城主を務めた時期もありました。
結城氏 北ノ庄城(福井城)時代
慶長6年(1601年)、結城秀康が入封し、柴田勝家の北ノ庄城跡を取り囲む形で拡充し、新たな北ノ庄城(後の福井城)の築城を開始しました。6年の歳月をかけて慶長11年(1606年)に完成した城は、本丸・二の丸・三の丸からなる大規模な平城でした。
結城秀康の死後、子の松平忠直が継ぎますが、後に改易され、越前松平家の分家が入封します。寛永元年(1624年)、3代将軍徳川家光の時代に、地名を「北ノ庄」から「福井」に改称し、城名も福井城となりました。これは「北」の字が「敗北」を連想させ縁起が悪いとされたためです。
以降、約270年間にわたり17代の越前松平家が福井藩主として居城とし、福井の城下町は繁栄を極めました。幕末の名君として知られる松平春嶽(慶永)もこの福井城を居城としていました。
福井城の建築と構造
天守閣と本丸
築城当時の福井城天守閣は、高さ約37メートル、四層五階の雄大な建築物でした。しかし寛文9年(1669年)の大火で焼失し、その後は再建されませんでした。天守台は現在も残っており、当時の規模を偲ぶことができます。
本丸は徳川家康が縄張りを行ったとされ、戦略的に優れた設計となっています。現在、本丸跡地には福井県庁、福井県議会、福井県警察本部などの公共施設が建てられています。
石垣の特徴:笏谷石(しゃくだにいし)
福井城の石垣の最大の特徴は、「笏谷石(しゃくだにいし)」という単一種類の石材のみで構成されている点です。これは日本最大規模の単一石材による石垣とされています。
笏谷石は福井市の足羽山で採掘される凝灰岩の一種で、水に濡れると青みを帯びることから「ふくいブルー」とも呼ばれます。この美しい青色の石は福井城のシンボルであり、現在でも本丸の石垣と堀の一部に往時の姿を留めています。
石垣は切込接ぎの布積みで積まれており、精緻で美しい仕上がりとなっています。この技術の高さは、天下普請として全国の名だたる大名が工事に参加した証でもあります。
堀と縄張り
福井城は四重の水堀に囲まれた平城で、防御性に優れた構造でした。現在は内堀の一部が残り、本丸を取り囲んでいます。二の丸、三の丸の堀はほぼ消滅し、市街地化しています。
堀の水は足羽川から引き込まれており、当時の土木技術の高さを示しています。現在残る堀では、笏谷石の石垣が水面に映る美しい景観を楽しむことができます。
福井城址の見どころ
本丸石垣と内堀
福井城址を訪れたら、まず本丸の石垣と内堀を見学しましょう。笏谷石で築かれた石垣は、雨の日には特に美しい青色を見せます。石垣の高さや精緻な積み方から、当時の築城技術の高さを実感できます。
堀沿いを歩けば、約400年前の福井城の姿を想像することができ、歴史ロマンを感じられます。
天守台
本丸内には天守台が残っています。現在は福井県庁の敷地内にありますが、見学は可能です(平日の庁舎開庁時間内)。天守台に登れば、かつてここに壮大な天守閣がそびえていた往時を偲ぶことができます。
御本城橋(ごほんじょうばし)
本丸への入口となる御本城橋は、内堀にかかる橋です。この橋を渡って本丸に入る体験は、まさに城郭を訪れる実感を味わえます。橋の上からは堀と石垣の美しい景観を眺めることができます。
福井城山里口御門
山里口御門は福井城の重要な遺構の一つです。城郭建築の特徴を残す貴重な史跡として、訪れる価値があります。
佐佳枝廼社(さかえのやしろ)
福井城址の一角には、結城秀康を祀る佐佳枝廼社があります。越前松平家の祖として、また福井の発展の礎を築いた秀康を偲ぶ神社として、地元の人々に親しまれています。
福井城坤櫓(ひつじさるやぐら)復元プロジェクト
プロジェクトの概要
福井県は福井城の魅力を高める目的で、本丸南西角の「坤櫓(ひつじさるやぐら)」と本丸西側の土塀の復元プロジェクトを進めています。
坤櫓は高さ約16メートルの二層櫓で、土塀は長さ約106メートルにわたります。総事業費は約39億6千万円で、2023年度から復元工事がスタートし、2029年度の完成を目指しています。
復元の意義
坤櫓と土塀の復元により、福井城の往時の姿がより鮮明に蘇ります。現在は石垣と堀のみが残る福井城址ですが、櫓と土塀が復元されることで、城郭としての景観が大きく向上し、観光資源としての価値も高まることが期待されています。
復元にあたっては、江戸時代の絵図や発掘調査の成果を基に、できる限り史実に忠実な再現を目指しています。伝統的な工法と現代の技術を融合させた復元工事は、文化財保護の観点からも注目されています。
福井城の基本情報とアクセス
基本情報
- 所在地: 福井県福井市大手3丁目17-1
- 城郭分類: 平城
- 築城年: 慶長11年(1606年)
- 築城者: 結城秀康
- 主な城主: 結城氏、越前松平家
- 遺構: 石垣、堀、天守台
- 見学時間: 外観は24時間可能。県庁敷地内(天守台など)は平日の開庁時間内
- 入場料: 無料
- 駐車場: 福井県庁来庁者用駐車場を利用可能(休日は利用可、平日は要確認)
アクセス方法
公共交通機関
- JR福井駅から: 徒歩約5分
- えちぜん鉄道福井駅から: 徒歩約5分
JR福井駅西口を出て、駅前大通りを西に進み、フェニックス通りを北上すると福井城址に到着します。非常にアクセスが良く、福井観光の起点として最適です。
自動車
- 北陸自動車道福井ICから: 約15分
- 福井北ICから: 約15分
福井県庁の来庁者用駐車場を利用できますが、平日は県庁業務で混雑する場合があるため、公共交通機関の利用をおすすめします。
福井城周辺の観光スポット
養浩館庭園(旧御泉水屋敷)
福井城から徒歩約10分の場所にある養浩館庭園は、福井藩主松平家の別邸です。国の名勝に指定されている美しい池泉回遊式庭園で、福井城とセットで訪れたい観光スポットです。
福井市立郷土歴史博物館
養浩館庭園に隣接する博物館で、福井の歴史や文化を学ぶことができます。福井城や結城秀康、越前松平家に関する展示も充実しており、福井城見学の前後に訪れると理解が深まります。
柴田神社
柴田勝家とお市の方を祀る神社で、北ノ庄城跡の一部に建てられています。福井城の前身である北ノ庄城の歴史を知ることができる重要なスポットです。
足羽山公園
笏谷石の採掘地でもある足羽山は、福井市民の憩いの場として親しまれています。山頂からは福井市街を一望でき、春には桜の名所としても知られています。足羽山を訪れることで、福井城の石垣に使われた笏谷石の産地を実際に見ることができます。
福井駅周辺
福井駅西口には、恐竜のモニュメントや「恐竜広場」があり、福井県が恐竜化石の産地であることをアピールしています。また、駅周辺には飲食店や土産物店が充実しており、福井城見学の前後に立ち寄るのに便利です。
福井城を訪れる際のポイント
見学のベストシーズン
福井城址は通年見学可能ですが、特におすすめの季節は以下の通りです。
- 春(3月下旬~4月上旬): 桜の季節で、堀沿いの桜が美しい景観を作ります。
- 秋(10月~11月): 紅葉の季節で、石垣と紅葉のコントラストが楽しめます。
- 雨の日: 笏谷石が水に濡れて青く輝く「ふくいブルー」を見るには、雨の日や雨上がりが最適です。
所要時間
福井城址の見学には、30分~1時間程度を見込んでください。石垣と堀をゆっくり見て回り、天守台に登り、周辺の史跡も含めて見学すると1時間程度が目安です。
写真撮影のポイント
- 内堀と石垣: 御本城橋から見る堀と石垣の景観は絶好の撮影ポイントです。
- 笏谷石の青色: 雨の日や雨上がりに、石垣が青く輝く様子を撮影できます。
- 天守台からの眺望: 本丸を見渡せる天守台からの景色もおすすめです。
注意事項
- 本丸跡地は福井県庁の敷地内のため、平日は県庁業務に配慮した見学を心がけてください。
- 天守台など一部エリアは、県庁の開庁時間内のみ見学可能です。
- 石垣に登ったり、堀に近づきすぎたりしないよう注意してください。
福井城と他の福井の名城
福井県には福井城以外にも魅力的な城が多数あります。
丸岡城(霞ヶ城)
現存する日本最古の天守閣を持つ丸岡城は、国の重要文化財に指定されています。福井城から車で約30分の距離にあり、柴田勝豊が築いた平山城です。日本100名城の一つに選ばれています。
越前大野城
「天空の城」として知られる越前大野城は、亀山に築かれた山城です。雲海に浮かぶ姿が幻想的で、近年人気が高まっています。福井城から車で約1時間の距離です。
一乗谷朝倉氏遺跡
戦国大名朝倉氏の城下町跡で、国の特別史跡に指定されています。復元された武家屋敷や町並みは、戦国時代の雰囲気を色濃く残しています。福井城から車で約30分です。
これらの城を巡る「福井の名城めぐり」は、歴史ファンにとって魅力的な旅行プランとなります。
福井城の歴史的価値と今後の展望
福井城は、徳川家康の次男・結城秀康が築いた城として、江戸幕府の歴史において重要な位置を占めています。越前松平家は徳川御三家に次ぐ家格を持ち、幕末の名君・松平春嶽を輩出するなど、日本史上重要な役割を果たしました。
現在、本丸跡地に福井県庁が立地するという全国的にも珍しい状況にある福井城ですが、坤櫓復元プロジェクトの進行により、城郭としての姿を取り戻しつつあります。2029年の坤櫓完成後は、福井城の観光的価値がさらに高まり、福井県の重要な観光資源として注目されることが期待されています。
笏谷石の美しい石垣と堀、そして復元される坤櫓と土塀は、福井の歴史と文化を後世に伝える貴重な遺産となるでしょう。福井城址は、単なる史跡ではなく、現在も福井県の行政の中心として機能しており、歴史と現代が共存する独特の空間を形成しています。
まとめ
福井城は、徳川家康の次男・結城秀康によって慶長11年(1606年)に築城された名城で、約270年間にわたり越前松平家17代の居城として福井の歴史を見守ってきました。現在は笏谷石の美しい石垣と堀が残り、本丸跡地には福井県庁が立地するという独特の景観を持っています。
JR福井駅から徒歩5分という抜群のアクセスの良さ、日本最大規模の単一石材(笏谷石)による石垣、そして2029年完成予定の坤櫓復元プロジェクトなど、福井城には多くの魅力があります。
福井を訪れた際には、ぜひ福井城址に足を運び、結城秀康が築いた名城の歴史と、水に濡れると青く輝く笏谷石の美しさを体感してください。周辺の養浩館庭園や福井市立郷土歴史博物館と合わせて訪れることで、福井の歴史と文化をより深く理解することができるでしょう。
