春日城跡(伊那市・長野県)

春日城跡(伊那市・長野県)
所在地 〒396-0026 長野県伊那市西町
公式サイト http://www.inacity.jp/shisetsu/koenshisetsu/kasugakoen.html

春日城跡(伊那市・長野県)完全ガイド|歴史・見どころ・アクセス情報

長野県伊那市の市街地を見下ろす高台に位置する春日城跡は、戦国時代に信濃国伊那郡の要衝として重要な役割を果たした山城です。現在は春日城跡公園として整備され、桜やつつじの名所として市民に親しまれながら、当時の遺構が良好な状態で残されています。本記事では、春日城の歴史から構造、見どころ、アクセス方法まで詳しく解説します。

春日城の歴史

築城と伊那部氏の時代

春日城は天文3年(1534年)、平家の末流である粟田口民部重吉の16代目にあたる伊那部大和守重慶によって築城されました。重慶の元の姓が「春日」であったことから、この城は「春日城」と名付けられたと伝えられています。別名を「伊那部城」とも呼ばれ、信濃国の滋野氏三家のうち根津氏の支族である春日氏に関連する城でもありました。

伊那部大和守重慶は、天竜川西岸の河岸段丘上という天然の要害を活かし、東西約100メートル、南北約300メートル、高さ約20メートルの舌状台地の先端に堅固な城郭を築きました。この立地は伊那谷を見渡す絶好の位置にあり、軍事的にも経済的にも重要な拠点となりました。

伊那部氏の分裂と武田信玄の侵攻

伊那部重慶の子である重成には、長男の重親と次男の重国がいました。重親は春日神社を開き、重国は分家して東春近に殿島城を築城しました。しかし、天文年間から弘治年間にかけて、武田信玄による信濃侵攻が本格化すると、伊那部氏は重大な決断を迫られることになります。

重親と重国の兄弟は、武田信玄の信濃侵攻に抵抗する道を選びました。この決断は伊那部氏にとって致命的なものとなり、両名は武田軍によって捕らえられ、狐島区の連台場で磔(はりつけ)の刑に処されたと伝えられています。この処刑は、武田氏の信濃支配における見せしめの意味合いもあったと考えられます。

春日河内守昌吉の時代

伊那部氏が武田信玄に滅ぼされた後、春日城の城主となったのが春日河内守昌吉(春日大隅守昌吉とも)でした。昌吉は武田氏に臣従し、高遠城主となった仁科氏の支城として春日城を守備することになります。弘治年間以降、春日城は武田氏の信濃支配における重要な拠点の一つとして機能しました。

昌吉は武田家臣として各地の戦いに参加し、武田信玄の信濃経営を支える役割を果たしました。高遠城を本城とする防衛網の中で、春日城は天竜川西岸を守る重要な支城としての地位を確立していきます。

織田・徳川連合軍の侵攻と落城

春日城の運命を決定づけたのは、天正10年(1582年)に起きた織田・徳川連合軍による武田領侵攻でした。この年、織田信長の嫡男である織田信忠が率いる5万の大軍が甲州征伐を開始し、信濃国へ侵攻してきました。

織田軍の主力は高遠城を攻撃目標とし、城主の仁科盛信(武田信玄の五男)は籠城戦を決意します。この時、春日城主の春日河内守昌吉は、主君である仁科盛信に応じて高遠城へ入城し、共に籠城戦に参加しました。

高遠城の戦いは熾烈を極めました。仁科盛信以下、わずか3,000の兵で5万の大軍に立ち向かった武田方は、最後まで徹底抗戦を貫きます。春日昌吉も高遠城内で奮戦しましたが、圧倒的な兵力差の前に城は陥落。仁科盛信とともに昌吉も討死を遂げました。

城主を失った春日城は、織田軍によって攻略され、天正10年(1582年)に落城しました。この落城をもって春日城は廃城となり、約50年にわたる城としての歴史に幕を閉じました。

春日城の構造と縄張り

梯郭式の縄張り

春日城は、天竜川西岸の河岸段丘上に築かれた梯郭式(ていかくしき)の山城です。舌状台地の先端(南東端)に主郭(本丸)を配置し、北西方向に向かって二の丸、三の丸と順に郭を連ねる構造となっています。

この梯郭式配置は、敵の侵入経路が台地の付け根側(北西側)に限定されることを前提とした防御構造です。各郭は深い空堀(からぼり)によって明確に区画され、攻撃側は一つの郭を攻略してもすぐに次の堀と郭に阻まれる仕組みになっています。

主郭(本丸)の特徴

台地の最南東端に位置する主郭は、春日城の中核をなす曲輪です。三方を急峻な崖に守られ、天然の要害となっています。特に東側と南側は天竜川に向かって切り立った崖となっており、この方向からの攻撃はほぼ不可能でした。

主郭の北側から西側にかけては、人工的に掘削された深い空堀が巡らされています。この空堀は幅・深さともに相当な規模を持ち、現在でもその迫力を実感することができます。空堀の外側(北側)には土塁の痕跡も確認でき、二重の防御線が構築されていたことがわかります。

二の丸と三の丸

主郭の北西に位置する二の丸は、主郭に次ぐ重要な曲輪です。主郭との間には深い空堀が設けられ、現在は橋が架けられてこの堀を越えられるようになっています。二の丸は主郭の防衛と、さらに後方にある三の丸との連絡を担う中間的な役割を果たしていたと考えられます。

二の丸の西側にはさらに空堀があり、その外側に三の丸が配置されています。三の丸は城の最も後方に位置し、城の入口を守る役割を担っていました。現在は芝生広場として整備され、大型ローラー滑り台などの遊具が設置されていますが、周囲には土塁や堀の痕跡が残されています。

空堀と土塁の遺構

春日城の最大の見どころは、良好な状態で残る空堀と土塁の遺構です。各郭を区切る空堀は、いずれも深さ・幅ともに十分な規模を持ち、戦国時代の築城技術の高さを物語っています。

特に主郭と二の丸を隔てる空堀は、現在も深さ10メートル以上を保っており、堀底から見上げると両側の切岸の高さに圧倒されます。この空堀には現在、木製の橋が架けられており、往時の登城路を体感することができます。

土塁は主郭の北側から西側にかけて比較的良好に残されています。高さは場所によって異なりますが、最も高い部分では2〜3メートルほどの高さがあります。土塁の上を歩くこともでき、そこから空堀を見下ろすと、この城の防御力の高さを実感できます。

春日城跡の見どころ

長野県指定史跡としての価値

春日城跡は、その歴史的価値と遺構の保存状態の良さから、長野県指定史跡に指定されています。戦国時代の信濃国における城郭の典型例として、また武田氏の信濃支配を物語る重要な遺跡として、学術的にも高く評価されています。

城跡内には説明板が各所に設置されており、城の歴史や構造について詳しく学ぶことができます。主郭、二の丸、三の丸の位置関係や、空堀・土塁の役割などが図解付きで説明されているため、城郭に詳しくない方でも理解しやすい内容となっています。

空堀を渡る橋からの眺望

春日城跡公園では、主郭と二の丸、二の丸と三の丸を結ぶ位置に木製の橋が架けられています。この橋の上から見下ろす空堀の景観は、春日城跡の最大の見どころの一つです。

深く切り込まれた堀底と、両側に立ち上がる切岸の迫力は、写真では伝えきれない臨場感があります。特に主郭と二の丸の間の空堀は規模が大きく、戦国時代にこれだけの土木工事を行った当時の人々の労力に思いを馳せることができます。

橋の上は絶好の撮影スポットでもあり、城郭ファンの間では人気の撮影ポイントとなっています。春には空堀の両側に桜が咲き、歴史的景観と自然美が調和した美しい光景を楽しめます。

主郭からの眺望と伊那谷の景色

主郭は台地の最高所に位置しているため、そこからは伊那市街地と伊那谷の雄大な景色を一望できます。眼下には天竜川が流れ、東には南アルプス、西には中央アルプスの山々を望むことができます。

戦国時代、この場所から城主たちは伊那谷全体を見渡し、敵の動きを監視していたことでしょう。天候の良い日には、高遠城があった方角も確認でき、春日城と高遠城の位置関係を実感することができます。

特に夕暮れ時の眺望は素晴らしく、沈む夕日に照らされる伊那谷の風景は訪れる人々を魅了します。城跡散策の締めくくりに、主郭からの眺めをゆっくりと楽しむことをおすすめします。

桜とつつじの名所

春日城跡公園は、地元では桜とつつじの名所として知られています。春には約200本のソメイヨシノが咲き誇り、花見客で大いに賑わいます。城跡の空堀や土塁と桜のコントラストは、歴史と自然が融合した独特の美しさを醸し出します。

桜の季節が終わると、今度はつつじが見頃を迎えます。色とりどりのつつじが城跡を彩り、新緑の季節の訪れを告げます。四季折々の花々が楽しめる春日城跡公園は、歴史散策と自然観賞の両方を楽しめるスポットとして、多くの人々に愛されています。

遊具と親子で楽しめる公園施設

春日城跡公園は、歴史的遺構を保存しながらも、市民の憩いの場として整備されています。2023年春には新しい遊具も設置され、親子連れで楽しめる公園としての機能も充実しました。

特に三の丸エリアに設置された大型ローラー滑り台は子どもたちに大人気です。全長50メートル以上のローラー滑り台は、城跡の地形を活かした設計となっており、滑りながら伊那谷の景色を楽しむことができます。

その他にも、複合遊具やブランコ、砂場などが整備されており、小さな子どもから小学生まで幅広い年齢層が楽しめます。休日には多くの家族連れが訪れ、子どもたちの元気な声が響く、活気ある公園となっています。

芝生広場も整備されており、ピクニックやボール遊びなど、様々な楽しみ方ができます。歴史好きの大人は城跡を散策し、子どもたちは遊具で遊ぶという、家族それぞれの楽しみ方ができるのが春日城跡公園の魅力です。

周辺の観光スポット

春日神社

春日城跡のすぐ近くには春日神社があります。この神社は、伊那部重慶の子である重親が開いたと伝えられており、春日城の歴史と深い関わりを持っています。

春日神社は地域の氏神として信仰を集めており、境内には樹齢数百年と思われる大木が茂り、静謐な雰囲気に包まれています。春日城跡を訪れた際には、ぜひ立ち寄りたいスポットです。

旧井澤家住宅

伊那市には、国の重要文化財に指定されている旧井澤家住宅があります。江戸時代中期の民家建築の特徴を良好に残す貴重な建物で、当時の農村の暮らしを知ることができます。

春日城跡から車で10分ほどの距離にあり、歴史散策のコースに組み込むのに最適です。建物内部も見学可能で、囲炉裏や土間など、江戸時代の生活空間を体感できます。

高遠城址公園

春日城と深い関わりを持つ高遠城址公園は、伊那市の隣、伊那市高遠町にあります。春日城主の春日昌吉が最期を遂げた場所であり、春日城の歴史を理解する上で欠かせないスポットです。

高遠城址公園は「天下第一の桜」と称される桜の名所としても有名で、春には約1,500本のタカトオコヒガンザクラが咲き誇ります。春日城跡から車で約30分の距離にあり、時間に余裕があればぜひ訪れたい場所です。

高遠城跡には、仁科盛信や春日昌吉をはじめとする高遠城で討死した武将たちを祀る碑もあり、春日城の歴史をより深く理解することができます。

伊那市創造館

伊那市の歴史や文化について学べる施設が伊那市創造館です。常設展示では伊那谷の歴史や民俗について詳しく紹介されており、春日城を含む伊那地域の城郭についての資料も展示されています。

春日城跡から徒歩圏内にあり、城跡散策の前後に立ち寄ると、より深く春日城の歴史を理解することができます。企画展も定期的に開催されており、訪れるたびに新しい発見があります。

アクセス情報

公共交通機関でのアクセス

電車でのアクセス

  • JR飯田線「伊那市駅」下車、徒歩約20分
  • 中央本線から飯田線への乗り継ぎが必要です
  • 東京方面からは、中央本線で岡谷駅または辰野駅まで行き、飯田線に乗り換え
  • 名古屋方面からは、中央本線で辰野駅まで行き、飯田線に乗り換え

伊那市駅から春日城跡までは、市街地を通る平坦な道のりです。途中、伊那市の商店街を通るため、地元の雰囲気を楽しみながら歩くことができます。駅前には観光案内所もあり、詳しい道順を確認できます。

バスでのアクセス

  • 伊那市駅前から伊那バスの路線バスが利用可能
  • 「春日公園入口」バス停下車、徒歩約5分
  • バスの本数は限られているため、事前に時刻表を確認することをおすすめします

自動車でのアクセス

高速道路からのアクセス

  • 中央自動車道「伊那IC」から約10分
  • 伊那ICを降りて国道153号を伊那市街方面へ
  • 市街地に入ったら案内標識に従って春日公園方面へ

駐車場情報

  • 春日城跡公園には無料駐車場があります
  • 駐車可能台数:約30台
  • 桜の季節など混雑時は満車になることもあるため、早めの時間帯の訪問をおすすめします
  • 駐車場から城跡入口まではすぐです

所在地と基本情報

住所
長野県伊那市西町5949-1(春日城跡公園)

開園時間

  • 常時開放(公園として整備されているため、いつでも訪問可能)
  • ただし、夜間の訪問は足元が暗いため注意が必要です
  • 遊具の利用は日中の明るい時間帯を推奨

入園料

  • 無料

見学所要時間

  • 城跡の散策のみ:30分〜1時間
  • 遊具で遊ぶ時間も含める場合:1〜2時間
  • じっくりと遺構を観察する場合:1.5〜2時間

ベストシーズン

  • 桜の季節(4月上旬〜中旬):花見と城跡散策を同時に楽しめます
  • つつじの季節(5月):色とりどりのつつじが城跡を彩ります
  • 新緑の季節(5月〜6月):緑豊かな景観の中で城跡散策を楽しめます
  • 紅葉の季節(10月下旬〜11月上旬):秋の色彩と歴史的景観のコントラストが美しい

注意事項

  • 城跡は起伏があるため、歩きやすい靴での訪問をおすすめします
  • 空堀は深いため、特に小さなお子様連れの場合は注意が必要です
  • 夏季は虫除けスプレーがあると便利です
  • トイレは公園内に設置されています

春日城跡を訪れる際のポイント

城郭ファン向けの見学ポイント

城郭に興味がある方は、以下のポイントに注目して見学すると、より深く春日城を理解できます。

  1. 空堀の構造:各郭を区切る空堀の深さ、幅、形状を観察しましょう。特に主郭と二の丸の間の空堀は必見です。
  1. 切岸の角度:空堀の両側の切岸(斜面)の角度を確認してください。急峻な角度で削られており、登攀が困難であることがわかります。
  1. 土塁の配置:主郭周辺の土塁がどのように配置されているか、その高さや幅を観察しましょう。
  1. 縄張りの全体像:三つの郭がどのように配置され、どのような防御線を形成しているか、高所から全体を見渡して理解しましょう。
  1. 地形の活用:天竜川の河岸段丘という自然地形をどのように活用しているか、崖側から見上げると実感できます。

写真撮影のおすすめスポット

春日城跡は撮影スポットとしても魅力的です。

  1. 空堀を渡る橋の上から:堀底を見下ろすアングルで、空堀の深さと迫力を表現できます。
  1. 主郭からの眺望:伊那谷と南アルプスを背景にした風景写真が撮影できます。
  1. 桜の季節の空堀:桜と空堀のコントラストが美しい、春限定の撮影スポットです。
  1. 土塁の上から:土塁の上から空堀や他の郭を見下ろすアングルも印象的です。
  1. 夕暮れ時の主郭:夕日に照らされる伊那谷を背景にしたシルエット写真も魅力的です。

家族連れでの楽しみ方

春日城跡公園は家族連れにも最適なスポットです。

  • 遊具エリア:三の丸の芝生広場には大型ローラー滑り台をはじめとする遊具が充実しています。
  • ピクニック:芝生広場でお弁当を広げてピクニックを楽しめます。
  • 自然観察:公園内には様々な樹木や草花があり、季節ごとの自然観察が楽しめます。
  • 歴史学習:説明板を読みながら、お子様と一緒に戦国時代の歴史を学ぶことができます。
  • 散策路:整備された散策路があり、ベビーカーでも一部エリアは移動可能です。

まとめ

長野県伊那市にある春日城跡は、戦国時代の信濃国における重要な城郭遺構として、また市民の憩いの場として、二つの顔を持つ魅力的なスポットです。天文3年(1534年)の築城から天正10年(1582年)の落城まで、約50年の歴史を持つこの城は、伊那部氏から春日氏へと城主が変わり、最後は武田氏の支城として織田軍と戦った、まさに戦国時代の激動を体現する存在でした。

現在も良好に残る空堀や土塁などの遺構は、当時の築城技術の高さを物語っており、長野県指定史跡としてその価値が認められています。梯郭式の縄張り、深く掘られた空堀、天竜川の河岸段丘を活かした立地など、見どころは豊富です。

一方で、春日城跡公園として整備された現在は、桜やつつじの名所として、また遊具が充実した親子で楽しめる公園として、地域の人々に愛されています。歴史ファンから家族連れまで、幅広い層が楽しめるのが春日城跡の大きな魅力です。

JR伊那市駅から徒歩約20分、中央自動車道伊那ICから車で約10分というアクセスの良さも魅力の一つです。伊那谷を訪れた際には、ぜひ春日城跡に足を運び、戦国時代の歴史に思いを馳せながら、伊那谷の美しい景色と四季折々の自然を楽しんでください。

地図

Google マップで開く

Google マップで開く

近隣の城郭