黄峰城(香川県高松市)

黄峰城(香川県高松市)
所在地 〒761-8001 香川県高松市亀水町 9X63+HP

黄峰城(香川県高松市)の歴史と見どころ完全ガイド|讃岐国人香西氏の山城遺構を徹底解説

黄峰城とは

黄峰城(おうほうじょう)は、香川県高松市亀水町の黄峰山山頂に築かれた中世の山城です。瀬戸内海の生島湾を見下ろす標高約174~175mの要害の地に位置し、讃岐国の有力国人であった香西氏によって築城されたと伝えられています。

現在も石垣、土塁、郭(曲輪)、堀切などの遺構が良好に残されており、讃岐国における中世山城の典型例として城郭研究者から注目されています。高松市中心部から比較的近い場所にありながら、往時の姿を色濃く残す貴重な史跡といえるでしょう。

黄峰城の基本情報

所在地・旧国名

所在地: 香川県高松市亀水町黄峰山
旧国名: 讃岐国
城郭構造: 山城
標高: 約174~175m(比高約160m)
築城年代: 不明(中世と推定)
築城主: 香西氏と推定
城主: 香西氏
改修者: 不明
廃城年: 不明(戦国時代末期と推定)

通称・別名

黄峰城は地元では「おうほうじょう」あるいは「きほうじょう」と呼ばれることがあります。黄峰山の山頂に築かれたことからこの名称となっており、特別な別名は伝わっていません。

黄峰城の歴史

香西氏と讃岐国の情勢

黄峰城を築いたとされる香西氏は、讃岐国の有力国人として中世を通じて勢力を誇った一族です。香西氏は讃岐国西部を拠点とし、勝賀城(香川県高松市鬼無町)を本拠としていました。黄峰城は勝賀城の支城として、瀬戸内海の海上交通を監視する役割を担っていたと考えられています。

讃岐国は瀬戸内海の要衝に位置するため、古くから海上交通の要所として栄えました。香西氏はこの地理的優位性を活かし、海運を掌握することで経済的基盤を築いていました。黄峰城からは生島湾を一望でき、船の往来を監視するには絶好の位置にあったのです。

戦国時代の黄峰城

戦国時代に入ると、讃岐国は阿波の三好氏、土佐の長宗我部氏、備前の宇喜多氏など周辺勢力の争奪の舞台となりました。香西氏も時代の波に翻弄され、様々な勢力と結んだり対立したりしながら生き残りを図りました。

天正年間(1573~1592年)には、長宗我部元親が四国統一を目指して讃岐国に侵攻します。香西氏の本拠である勝賀城も長宗我部氏の攻撃を受け、最終的には降伏したとされています。黄峰城もこの時期に廃城となった可能性が高いと考えられています。

豊臣秀吉の四国平定後

天正13年(1585年)、豊臣秀吉による四国平定が行われ、讃岐国は生駒親正に与えられました。その後、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いを経て、讃岐国は西嶋氏を経て松平氏の領地となります。この過程で、黄峰城のような中世山城は軍事的価値を失い、完全に廃城となりました。

江戸時代には高松藩が成立し、高松城(玉藻城)が藩の中心となります。高松城は海城として知られ、日本三大海城の一つに数えられる名城ですが、黄峰城のような山城とは対照的な平城の構造を持っています。

黄峰城の縄張りと構造

主郭と曲輪の配置

黄峰城は黄峰山の山頂部を中心に、複数の曲輪を配置した連郭式の山城です。主郭は山頂の最高所に位置し、周囲には帯曲輪や腰曲輪が配されています。主郭の規模は比較的小さく、長辺約30m、短辺約20m程度と推定されています。

主郭の南側には二の郭、三の郭が階段状に配置され、北側と東側には小規模な曲輪が展開しています。これらの曲輪は尾根筋に沿って配置されており、山城特有の地形を活かした縄張りとなっています。

石垣の特徴

黄峰城の大きな特徴の一つが、各所に残る石垣です。讃岐国の山城には石垣を用いた城が多く見られますが、これは地元で良質な花崗岩(讃岐石)が産出されるためです。黄峰城の石垣も讃岐石を用いた野面積みで、高さは1~2m程度のものが多く残っています。

主郭周辺の石垣は特に良好な状態で残されており、当時の石積み技術を知る上で貴重な資料となっています。石垣の積み方は比較的粗い野面積みで、戦国時代の山城に典型的な技法が用いられています。

土塁と堀切

石垣とともに、土塁も城の防御施設として重要な役割を果たしていました。主郭の周囲には土塁が巡らされており、一部は現在も高さ1m以上の土盛りとして確認できます。

また、尾根筋を遮断する堀切も複数箇所で確認されています。これらの堀切は敵の侵入を防ぐとともに、城域を明確に区画する役割を果たしていました。堀切の深さは2~3m程度で、幅は5~8m程度のものが多く見られます。

虎口と登城路

城への出入口である虎口は、主郭の南側に設けられていたと考えられています。虎口周辺には石垣が配置され、防御を固めていた様子が伺えます。

登城路は南側の尾根筋を登るルートが主要なものだったと推定されますが、現在は複数のルートが確認されています。いずれも急峻な山道で、攻城は容易ではなかったことが想像されます。

黄峰城の遺構

現存する遺構の状況

黄峰城跡には以下の遺構が現在も確認できます。

主要遺構:

  • 石垣: 主郭周辺を中心に各所に残存
  • 土塁: 主郭及び各曲輪の周囲
  • 曲輪(郭): 主郭、二の郭、三の郭など複数
  • 堀切: 尾根筋に3~4箇所
  • 竪堀: 斜面部に数条
  • 虎口: 主郭南側など

再建造物: なし

城跡は基本的に山林となっており、建造物は一切残されていません。しかし、石垣や土塁などの土木遺構は比較的良好に保存されており、往時の城の構造を理解することができます。

遺構の保存状態

黄峰城跡は特に史跡指定などは受けていませんが、山林として残されているため開発の手が入らず、遺構の保存状態は良好です。ただし、樹木の成長や倒木により、一部の遺構は見えにくくなっている箇所もあります。

近年、城郭研究者や地元の歴史愛好家による調査が行われ、詳細な縄張図が作成されています。これらの調査により、黄峰城が讃岐国の中世山城として重要な位置を占めていたことが明らかになってきました。

黄峰城と周辺の城郭

勝賀城との関係

黄峰城は香西氏の本拠である勝賀城の支城として機能していたと考えられています。勝賀城は高松市鬼無町の勝賀山(標高364m)に築かれた大規模な山城で、讃岐国西部における香西氏の権力の象徴でした。

黄峰城は勝賀城から北東約5kmの位置にあり、瀬戸内海の海上交通を監視する前線基地としての役割を担っていたと推定されます。両城は連携して讃岐国西部の防衛網を形成していたと考えられます。

高松城との対比

黄峰城のような中世山城と、江戸時代に築かれた高松城(玉藻城)は、その性格が大きく異なります。高松城は香川県高松市玉藻町に位置する平城で、海に面した海城として知られています。

高松城は慶長年間(1596~1615年)に生駒親正によって築城が開始され、その後松平氏の居城として発展しました。現在は玉藻公園として整備され、重要文化財の櫓や門が残されています。海水を引き込んだ堀には鯛が泳ぐなど、海城ならではの特徴を持っています。

一方、黄峰城は戦国時代の実戦的な山城で、険しい山の地形を活かした防御重視の構造となっています。両者を比較することで、中世から近世への城郭の変遷を理解することができます。

黄峰城へのアクセスと登城ガイド

交通アクセス

公共交通機関:

  • JR高松駅から車で約20分
  • ことでんバス「亀水」バス停下車、徒歩約30分で登山口

自動車:

  • 高松自動車道「高松西IC」から約15分
  • 高松市中心部から国道11号経由で約20分
  • 登山口付近に駐車スペースあり(2~3台程度)

住所: 香川県高松市亀水町黄峰山

登城の注意点

黄峰城跡への登城には以下の点に注意が必要です。

  1. 登山装備: 標高175mの山城のため、登山靴や動きやすい服装が必要です。
  2. 所要時間: 登山口から主郭まで徒歩約30~40分程度。往復で1時間半~2時間を見込んでください。
  3. 道の状態: 明確な登山道はありますが、急峻な箇所もあるため注意が必要です。
  4. 季節: 夏季は藪が茂り遺構が見えにくくなります。秋から春にかけての訪問がおすすめです。
  5. 熊鈴等: 山中のため、熊鈴やラジオなど音の出るものを携行することをおすすめします。

見学のポイント

黄峰城跡を訪れる際は、以下のポイントに注目すると、より深く城の構造を理解できます。

  • 主郭の石垣: 最も保存状態の良い石垣を確認できます
  • 曲輪の配置: 尾根筋に沿った曲輪の配置を観察しましょう
  • 堀切: 尾根を遮断する堀切の深さと幅に注目
  • 眺望: 主郭からは生島湾や瀬戸内海の眺望が楽しめます
  • 土塁: 各曲輪を囲む土塁の形状を確認

黄峰城周辺の見どころ

周辺の城郭

黄峰城を訪れた際には、周辺の城郭も併せて見学することで、讃岐国の城郭史をより深く理解できます。

勝賀城: 香西氏の本拠。黄峰城から車で約15分。より大規模な山城遺構が残る。

高松城(玉藻公園): 日本三大海城の一つ。黄峰城から車で約25分。重要文化財の櫓や門が現存。

屋島: 源平合戦の舞台として有名。古代山城の遺構も残る。黄峰城から車で約30分。

周辺の歴史スポット

讃岐国分寺跡: 奈良時代の国分寺跡。讃岐国の古代史を知る上で重要な史跡。

石清尾山古墳群: 古墳時代の古墳群。讃岐の古代豪族の存在を示す。

栗林公園: 国の特別名勝。江戸時代の大名庭園として高い評価を受けている。

黄峰城の写真撮影ポイント

黄峰城跡を訪れる際の写真撮影ポイントをご紹介します。

主郭の石垣

主郭周辺の石垣は黄峰城の最大の見どころです。野面積みの石垣を間近で撮影できます。午前中の光が当たる時間帯が撮影に適しています。

主郭からの眺望

主郭からは生島湾や瀬戸内海を一望できます。晴れた日には遠く瀬戸大橋まで見渡せることもあります。広角レンズでの撮影がおすすめです。

堀切

尾根を遮断する堀切は、中世山城の防御施設として興味深い被写体です。堀切の深さが分かるアングルで撮影すると、その防御機能が伝わります。

土塁と曲輪

各曲輪を囲む土塁や、曲輪の段差なども撮影ポイントです。秋から冬にかけての落葉期は遺構が見えやすく、撮影に適しています。

黄峰城の研究と資料

参考文献

黄峰城に関する詳細な情報は、以下の文献で確認できます。

  • 『日本城郭大系 第15巻 香川・愛媛・高知』(新人物往来社、1980年)
  • 『香川県の地名』(平凡社、日本歴史地名大系)
  • 『讃岐の山城』(香川県教育委員会)
  • 『城郭放浪記』ウェブサイト(詳細な縄張図と写真を掲載)
  • 『ニッポン城めぐり』ウェブサイト(基本情報と口コミ)

学術的評価

黄峰城は讃岐国における中世山城の典型例として、城郭研究者から注目されています。特に石垣の構造や縄張りの特徴は、讃岐国の山城研究において重要な資料となっています。

近年の調査により、黄峰城が単なる砦ではなく、恒常的に使用された城郭であった可能性が指摘されています。遺構の規模や構造から、一定規模の守備兵が常駐していたと考えられています。

まとめ

黄峰城は香川県高松市に残る中世山城の貴重な遺構です。讃岐国人香西氏によって築かれ、瀬戸内海の海上交通を監視する役割を担っていました。石垣、土塁、曲輪、堀切などの遺構が良好に残されており、戦国時代の山城の姿を今に伝えています。

高松市中心部から比較的近い場所にありながら、往時の姿を色濃く残す黄峰城は、讃岐国の歴史を知る上で欠かせない史跡といえるでしょう。登城には多少の体力が必要ですが、主郭からの眺望や保存状態の良い遺構は、訪れる価値のあるものです。

高松城(玉藻城)などの近世城郭とは異なる、実戦的な中世山城の魅力を体感できる黄峰城。讃岐国の歴史に興味のある方、山城ファンの方には、ぜひ一度訪れていただきたい城跡です。

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