麻場城(群馬県甘楽町)

麻場城(群馬県甘楽町)
所在地 〒370-2213 群馬県甘楽郡甘楽町白倉937

麻場城(群馬県甘楽町)完全ガイド:白倉氏370年の歴史と見どころ、アクセス情報

群馬県甘楽郡甘楽町に位置する麻場城は、戦国時代の関東地方において重要な役割を果たした山城です。関東管領・山内上杉氏の重臣であった白倉氏の居城として、約370年にわたり地域の中心的存在でした。現在は麻場城址公園として整備され、保存状態の良い遺構が訪れる人々を魅了しています。

麻場城の歴史と白倉氏

築城と白倉氏の台頭

麻場城は文明年間(1469年~1487年頃)に、小幡氏の一族である白倉氏によって築城されたと伝えられています。白倉氏は関東管領・山内上杉氏の重臣として、小幡氏と並んで地域における重要な勢力を形成していました。

城は甘楽町の東北部に広がる丘陵地帯の舌状台地の先端部に築かれ、崖端城(がけはたじょう)という地形を活かした防御的な構造を持っていました。この立地により、周辺を見渡すことができ、敵の侵入を早期に察知できる戦略的な拠点となっていました。

別城一郭の白倉城

麻場城の最大の特徴は、約500メートル東方にある仁井屋城と一体となって機能する「別城一郭」の形態をとっていたことです。この二つの城は合わせて「白倉城」と呼ばれ、互いに連携して防衛網を構築していました。双子の城とも表現されるこの関係は、戦国時代の城郭戦略の興味深い事例として注目されています。

二つの城を谷を挟んで配置することで、より広い範囲を防衛でき、一方が攻撃を受けた際にもう一方から援護できるという利点がありました。この配置は、白倉氏の領地経営における戦略的思考を示すものといえるでしょう。

武田信玄との関係

永禄6年(1563年)、白倉宗任は時代の趨勢を読み、武田信玄に臣従しました。白倉宗任は勇猛な武将として知られ、笛吹峠において武田信玄の重臣・板垣信方の馬を射倒したという逸話が残されています。この出来事は、白倉氏の武勇を示すエピソードとして語り継がれています。

武田氏への臣従は、関東管領上杉氏の勢力が衰退し、甲斐の武田氏が関東へ勢力を拡大していた時代背景を反映しています。白倉氏は生き残りをかけて、主君を変えるという選択をしたのです。

天正18年の落城と白倉氏の滅亡

天正10年(1582年)に武田氏が滅亡すると、白倉氏は滝川一益、さらには北条氏直に降りました。しかし、天正18年(1590年)の豊臣秀吉による「小田原征伐」が白倉氏の運命を決定づけることになります。

当時の当主・白倉重家は小田原城に籠城し、弟の白倉重高が麻場城を守りました。しかし、前田利家・上杉景勝率いる北国勢の攻撃を受け、麻場城は落城。近隣の国峯城とともに陥落し、370年続いた白倉氏は滅亡しました。この落城により、戦国時代における白倉氏の歴史は幕を閉じたのです。

麻場城の構造と縄張り

城郭の基本構造

麻場城は崖端城として、自然の地形を巧みに利用した防御構造を持っています。舌状台地の先端部に本丸を配置し、その背後に二の丸、三の丸を連ねる連郭式の縄張りとなっています。

城の規模は決して大きくありませんが、限られた地形を最大限に活用した効率的な設計が特徴です。台地の縁部は急峻な崖となっており、自然の要害として機能していました。

空堀と土橋

麻場城の見どころの一つが、本丸と二の丸の間に設けられた空堀です。この空堀は現在でも明瞭に確認でき、深さと幅を持った堀切として機能していたことがわかります。空堀は敵の侵入を防ぐとともに、各郭を区画する役割も果たしていました。

空堀を越えるために設けられた土橋も残されており、当時の城への出入り口の様子を今に伝えています。土橋は防御上の弱点となるため、その幅は狭く設計され、敵の大軍が一度に侵入できないよう工夫されていました。

土塁の配置

各郭の周囲には土塁が築かれており、敵の矢や鉄砲から守る防壁として機能していました。土塁の高さや形状から、城の防御計画を読み取ることができます。特に本丸周辺の土塁は比較的良好に残されており、当時の城郭構造を理解する上で貴重な遺構となっています。

復元物見櫓

公園整備の際に、物見櫓が復元されました。この櫓は歴史的な資料に基づいて再現されたもので、当時の見張り施設の様子を視覚的に理解できる展示となっています。櫓からは周辺の景色を一望でき、城がいかに戦略的な位置に築かれていたかを実感できます。

麻場城址公園の見どころ

本丸跡

麻場城址公園の中心となるのが本丸跡です。城主の居館があったとされる場所で、現在は平坦な広場として整備されています。本丸からは甘楽町の街並みや周辺の山々を見渡すことができ、城の立地の良さを体感できます。

本丸跡には案内板が設置されており、城の歴史や構造について詳しい説明を読むことができます。城跡を訪れる際は、この案内板をじっくり読むことで、より深く麻場城の歴史を理解できるでしょう。

遺構の保存状態

麻場城の遺構は群馬県内でも有数の保存状態の良さを誇ります。平成4年(1992年)4月に麻場城址公園として整備されて以降、適切な管理が行われており、空堀や土塁、郭の配置などが明瞭に確認できます。

整備によって遺構が損なわれることなく、むしろ見学しやすくなっている点が評価されています。城郭ファンにとっては、戦国時代の山城の姿を具体的にイメージできる貴重な場所となっています。

四季折々の風景

麻場城址公園は四季を通じて異なる表情を見せます。春には桜が咲き、夏には緑が濃く茂り、秋には紅葉が美しく、冬には雪景色が広がることもあります。歴史散策とともに、自然の美しさを楽しめる場所でもあります。

特に秋の紅葉シーズンには、城跡全体が色づき、写真撮影のスポットとしても人気があります。訪れる時期によって異なる魅力を発見できるのも、麻場城址公園の特徴です。

御城印の情報

御城印の特徴

麻場城の御城印は、ぐんま特使でお習字アイドルの「めんこいガールズ」が文字を担当しており、美しい筆致が特徴です。デザインには秋の七草のイラストが使用されており、麻場城にはキキョウ(桔梗)があしらわれています。

この御城印は、単なる記念品ではなく、城の歴史や文化を伝えるアート作品としての側面も持っています。コレクターの間でも人気が高く、限定版は特に注目を集めています。

購入可能場所:道の駅 甘楽

麻場城の御城印は、群馬県甘楽郡甘楽町小幡444-1にある「道の駅 甘楽」で購入できます。道の駅では御城印の販売だけでなく、地元の農特産品の販売、食事、城下町小幡の歴史散策や観光案内なども行っています。

施設内には江戸時代に名主を務めた松井家を移築復元した草葺き住宅も併設されており、地域の歴史を総合的に学べる拠点となっています。麻場城を訪れる際は、道の駅に立ち寄って御城印を入手するとともに、地域の魅力を堪能することをおすすめします。

限定版御城印

麻場城では通常版の御城印のほか、季節限定版も定期的に発売されています。令和七年秋限定版、令和八年新春限定版、春限定版、夏限定版、冬限定版など、さまざまなバリエーションが展開されており、それぞれ100枚限定などの希少性があります。

限定版御城印は発売時期が決まっているため、入手を希望する場合は事前に販売情報を確認することをおすすめします。群馬御城印プロジェクトの公式サイトやSNSで最新情報が発信されています。

白倉城としての御城印

麻場城と仁井屋城を合わせた「白倉城」としての御城印も販売されています。双子の城という特徴を活かした企画で、両城を訪れるファンにとっては特別な意味を持つコレクションアイテムとなっています。

白倉城御城印も季節限定版が発行されており、春限定版、冬限定版などがあります。麻場城単独の御城印と合わせて収集することで、より充実したコレクションを築くことができます。

アクセス情報

車でのアクセス

麻場城址公園へは車でのアクセスが便利です。上信越自動車道・富岡インターチェンジから約15分、または下仁田インターチェンジから約20分の距離にあります。

国道254号線から県道を経由してアクセスできます。道路標識に従って進めば、比較的わかりやすいルートとなっています。カーナビゲーションを使用する場合は、「麻場城址公園」または「甘楽町白倉」で検索すると良いでしょう。

駐車場

麻場城址公園には専用の駐車場が整備されています。無料で利用でき、普通車数台分のスペースがあります。休日や観光シーズンには混雑することもあるため、早めの時間帯に訪れることをおすすめします。

駐車場から城跡までは徒歩すぐの距離で、アクセスは非常に良好です。足腰に不安がある方でも比較的容易に見学できる点が魅力です。

公共交通機関でのアクセス

公共交通機関を利用する場合は、上信電鉄・上州福島駅が最寄り駅となります。駅からは徒歩約30分、またはタクシーで約10分の距離です。

バスの便は限られているため、時刻表を事前に確認するか、タクシーの利用を検討すると良いでしょう。レンタサイクルを利用して周辺の観光地を巡るのもおすすめの方法です。

周辺の観光施設との組み合わせ

麻場城を訪れる際は、周辺の観光施設と組み合わせた観光ルートを計画すると効率的です。道の駅 甘楽、仁井屋城、小幡の城下町、楽山園(国指定名勝)などが近隣にあります。

特に仁井屋城は麻場城と対をなす城郭であり、両方を訪れることで別城一郭の構造をより深く理解できます。徒歩での移動も可能な距離ですが、車での移動がより便利です。

周辺にある関連史跡

仁井屋城

麻場城の東約500メートルに位置する仁井屋城は、麻場城と一体となって白倉城を構成していました。現在も城跡が残されており、麻場城と合わせて訪れることで、別城一郭の城郭システムを実感できます。

仁井屋城も同様に空堀や土塁などの遺構が残されており、麻場城とは異なる地形や構造を観察できます。二つの城を比較しながら見学することで、戦国時代の城郭戦略についての理解が深まります。

国峯城

白倉氏とともに滅亡した小幡氏の居城・国峯城も甘楽町内にあります。天正18年(1590年)に麻場城と同時に落城した歴史を持ち、関東管領上杉氏の重臣たちの最期を物語る重要な史跡です。

国峯城は山城としての規模が大きく、より本格的な登山装備が必要となりますが、城郭ファンには見応えのある遺構が残されています。

小幡の城下町

江戸時代に織田氏の城下町として栄えた小幡地区には、武家屋敷や商家などの歴史的建造物が残されています。国指定名勝の楽山園は、小幡藩主の庭園として造られた美しい回遊式庭園で、必見のスポットです。

城下町を散策することで、戦国時代から江戸時代へと続く甘楽町の歴史の流れを体感できます。

訪問の際の注意点とマナー

見学時の服装と装備

麻場城址公園は整備されているものの、山城の遺構を見学するため、歩きやすい靴と動きやすい服装での訪問をおすすめします。特に雨天後は足元が滑りやすくなるため、注意が必要です。

夏場は虫除けスプレー、冬場は防寒対策を忘れずに。また、飲み物を持参すると良いでしょう。日差しが強い時期には帽子や日焼け止めも必要です。

遺構の保護

麻場城の遺構は貴重な文化財です。土塁や空堀に登ったり、植物を採取したりすることは避けましょう。写真撮影は自由ですが、遺構を傷つけないよう配慮が必要です。

ゴミは必ず持ち帰り、城跡の美しさを保つことに協力しましょう。次世代に歴史遺産を引き継ぐためにも、マナーを守った見学が重要です。

見学時間の目安

麻場城址公園の見学には、じっくり回って30分から1時間程度が目安となります。遺構を詳しく観察したり、写真撮影をしたりする場合は、もう少し時間に余裕を持つと良いでしょう。

仁井屋城と合わせて見学する場合は、移動時間を含めて2時間程度を見込んでおくことをおすすめします。

麻場城の魅力と歴史的価値

保存状態の良さ

麻場城の最大の魅力は、その優れた保存状態にあります。多くの山城が開発や風化によって遺構を失っている中、麻場城は空堀、土塁、郭の配置などが明瞭に残されており、戦国時代の城郭構造を具体的に理解できる貴重な史跡となっています。

群馬県内の城跡の中でも、これほど良好な状態で遺構が残されている例は限られており、城郭研究や歴史教育の観点からも高い価値を持っています。

別城一郭の実例

仁井屋城と一体となった別城一郭の構造は、戦国時代の城郭戦略を示す興味深い事例です。二つの城が連携して防衛網を形成するという発想は、限られた資源で最大の防御効果を得ようとする工夫の表れといえます。

このような城郭システムは全国的にも珍しく、麻場城と仁井屋城は城郭史研究において重要な位置を占めています。

白倉氏の歴史

麻場城は白倉氏370年の歴史を今に伝える貴重な遺産です。関東管領上杉氏の重臣として活躍し、武田氏、北条氏と主君を変えながら生き抜こうとした白倉氏の姿は、戦国時代の地方豪族の典型的な生き様を示しています。

最終的には豊臣秀吉の天下統一事業の中で滅亡しましたが、その歴史は地域のアイデンティティの一部として受け継がれています。

まとめ:麻場城を訪れる価値

麻場城は、戦国時代の山城の姿を良好な状態で今に伝える貴重な史跡です。関東管領上杉氏の重臣・白倉氏の居城として370年の歴史を刻み、武田信玄、豊臣秀吉といった時代の主役たちとも関わりを持った城として、歴史的な意味は大きいといえます。

現在は麻場城址公園として整備され、空堀や土塁などの遺構を間近に観察できるとともに、四季折々の自然も楽しめる場所となっています。御城印の収集、周辺の史跡巡り、城下町散策など、さまざまな楽しみ方ができるのも魅力です。

群馬県を訪れる際は、ぜひ麻場城に足を運び、戦国時代の息吹を感じてみてはいかがでしょうか。道の駅 甘楽で御城印を入手し、仁井屋城と合わせて白倉城の全貌を探る旅は、歴史ファンにとって忘れられない体験となるはずです。

地図

Google マップで開く

Google マップで開く

近隣の城郭