鐙摺城(神奈川県葉山町)

鐙摺城(神奈川県葉山町)
所在地 〒240-0112 神奈川県三浦郡葉山町堀内
公式サイト https://miurahantou.jp/abuzuri-jou/

鐙摺城(神奈川県葉山町)完全ガイド|三浦一族の海城と源頼朝伝説

鐙摺城とは

鐙摺城(あぶずりじょう)は、神奈川県三浦郡葉山町堀内に位置する平山城です。別名を旗立山軍見山鎧摺城とも呼ばれ、相模国における三浦一族の重要な支城として機能していました。

現在の葉山港(あぶずり港)の東側に突き出すようにそびえる比高約20~25メートルの小さな山に築かれており、海に面した立地から三浦半島の入口を守る要害として、平安時代末期から鎌倉時代にかけて重要な役割を果たしました。

城址は現在も一部が残されており、googlemapにも「鐙摺城址の一部」として記載されています。海と山が接する独特の地形を活かした城郭構造は、三浦氏の築城技術を知る上で貴重な史跡となっています。

鐙摺城の歴史

築城と城主

鐙摺城を築城したのは三浦義明(三浦大介義明)とされていますが、実際の城主としては三浦義明の三男である三浦義澄の名が記録に多く登場します。また、三浦義明の別の三男とされる大多和義久(三浦義久)が居城としていたという説もあります。

三浦氏は相模国を代表する武士団で、三浦半島全域に勢力を張っており、鐙摺城はその支城ネットワークの一翼を担う重要拠点でした。海に面した立地は、水軍の拠点としても機能し、三浦一族の海上交通を支える役割も果たしていたと考えられています。

治承四年(1180年)石橋山の戦いと鐙摺城

鐙摺城が歴史の表舞台に登場するのは、治承四年(1180年)8月、源頼朝が伊豆国で挙兵した際のことです。

石橋山で挙兵した源頼朝を支援するため、三浦一族は頼朝のもとへ駆けつけようとしました。三浦義澄は鐙摺の港から出陣しようとしていましたが、折からの豪雨により酒匂川(相模川とする説もあり)が増水し、渡河できずに間に合いませんでした。

頼朝は石橋山の戦いで平家方の大庭景親らに敗れ、真鶴から安房国(現在の千葉県)へ逃れることになります。三浦一族は頼朝との合流を果たせず、やむなく引き返すことになりました。

小坪合戦(由比ヶ浜合戦)と旗立山の由来

石橋山の戦いの後、引き返してきた三浦一族は、平家方の畠山重忠率いる秩父党と小坪(現在の逗子市小坪)で遭遇し、戦闘となりました。これが小坪合戦(由比ヶ浜合戦)です。

『源平盛衰記』によれば、この際、和田義盛が三浦義澄に対して鐙摺城に立て籠もるよう進言したと記されています。三浦党はこの山に旗を立てて味方を鼓舞し、気勢を上げたことから、鐙摺城は旗立山とも呼ばれるようになりました。

この戦いは激戦となりましたが、最終的に三浦一族は本拠地である衣笠城へ撤退します。平治の乱での敗戦の記憶も新しい中、三浦一族にとって鐙摺城は重要な防衛拠点として機能したのです。

戦国時代と軍見山の由来

時代は下って戦国時代、永正十三年(1516年)から永正十五年(1518年)にかけて、相模国は北条早雲(伊勢宗瑞)と三浦氏の間で激しい戦いが繰り広げられました。

三浦義同(三浦道寸)は北条早雲との戦いに敗れ、新井城(三浦市)へ退却する際、この鐙摺の山から追撃してくる伊勢勢を物見(監視)したと伝えられています。これが軍見山という別名の由来となっています。

この戦いで三浦氏は滅亡し、相模国は北条氏の支配下に入ります。鐙摺城もこの時期に廃城となったと考えられています。

鐙摺城の構造と遺構

城郭の立地と縄張り

鐙摺城は海に突き出すような小山に築かれた平山城で、比高は20~25メートル程度です。三方を海に囲まれた地形を活かし、陸側からの攻撃に備える構造となっていました。

城域はそれほど広くなく、小規模な砦的性格が強い城郭です。しかし、三浦半島の入口という戦略的要地に位置することから、三浦氏にとっては重要な拠点でした。

現存する遺構

現在、鐙摺城址には以下のような遺構が確認できます:

  • 土塁:一部に土塁の痕跡が残されています
  • 郭(くるわ):削平された平坦地が複数確認できます
  • 切岸:人工的に削られた斜面の跡

遺構の保存状態は必ずしも良好とは言えませんが、海城としての特徴を持つ貴重な史跡として、葉山町の町史跡に指定されています。

山頂部からは相模湾を一望でき、晴れた日には江の島や富士山も望むことができます。かつて三浦一族がこの地から海を見渡し、水軍を指揮していた様子を想像することができる景観です。

鐙摺城の見所

海と一体となった城郭景観

鐙摺城最大の見所は、何と言っても海に面した独特の立地です。関東の城郭の多くは内陸部に築かれていますが、鐙摺城は海に突き出すように築かれており、海城としての特徴を色濃く残しています。

城址からは葉山の美しい海岸線を一望でき、かつて三浦水軍がこの海域を支配していた時代に思いを馳せることができます。

源頼朝と三浦一族の歴史ロマン

鐙摺城は源頼朝挙兵時の重要な舞台の一つです。もし三浦一族が石橋山の戦いに間に合っていたら、日本の歴史は変わっていたかもしれません。そうした歴史の「もしも」を感じられる場所として、歴史ファンには特別な意味を持つ城址です。

葉山の自然と調和した史跡

鐙摺城址は葉山の豊かな自然の中に静かに佇んでいます。大規模な観光地化はされておらず、落ち着いた雰囲気の中で歴史散策を楽しむことができます。海風を感じながら、中世の武士たちの息吹を感じられる貴重なスポットです。

アクセス情報

所在地

住所:神奈川県三浦郡葉山町堀内(葉山港付近)

公共交通機関でのアクセス

  • JR横須賀線「逗子駅」または京急逗子線「逗子・葉山駅」下車
  • 京急バス「葉山一色」行きまたは「葉山(山手回り)」行きに乗車
  • 「鐙摺(あぶずり)」バス停下車、徒歩約5分

車でのアクセス

  • 横浜横須賀道路「逗子IC」から約15分
  • 葉山港周辺に駐車スペースあり(有料駐車場を利用)

見学時間の目安

城址の見学には約20~30分程度を見込むとよいでしょう。周辺の葉山の海岸散策と合わせて訪問すると、より充実した時間を過ごせます。

周辺の観光スポット

三浦一族関連の城郭

鐙摺城を訪れたら、三浦一族ゆかりの他の城郭も併せて巡ることをおすすめします:

  • 衣笠城:三浦一族の本拠地(横須賀市)
  • 怪島城:三浦半島西岸の支城(横須賀市)
  • 新井城:三浦氏最後の居城(三浦市)

葉山の観光名所

  • 葉山しおさい公園:相模湾を望む美しい日本庭園
  • 森戸神社:源頼朝ゆかりの古社
  • 一色海岸:葉山を代表する美しいビーチ
  • 葉山マリーナ:ヨットハーバーとリゾート施設

鐙摺城と三浦一族の物語

三浦一族とは

三浦氏は桓武平氏の流れを汲む武士団で、平安時代から三浦半島一帯を支配していました。三浦義明の時代には源氏との強い結びつきを持ち、源頼朝挙兵時には重要な支援勢力となりました。

三浦一族は水軍にも優れ、相模湾の制海権を握っていたとされます。鐙摺城はその水軍基地としての機能も持っていたと考えられています。

亀の前事件と鐙摺

鐙摺の地は、源頼朝の愛妾「亀の前」にまつわるエピソードも残されています。頼朝の浮気を知った北条政子が激怒し、亀の前の家を破壊させた事件の舞台の一つとも言われ、三浦半島と鎌倉を結ぶ重要な交通路上にあった鐙摺の地理的重要性を物語っています。

鐙摺という地名の由来

「鐙摺(あぶずり)」という独特の地名は、馬に乗った武者が通る際、道が狭く険しいため、鐙(あぶみ=馬具の足をかける部分)が岩に擦れることから名付けられたとされています。

また「鎧摺(よろいずり)」とも表記され、鎧が擦れるほど険しい道であったことを示しているという説もあります。いずれにしても、この地が険しい地形であり、軍事的要衝であったことを地名が物語っています。

訪問者の評価と口コミ

鐙摺城を訪れた城郭ファンからは、以下のような評価が寄せられています:

  • 平均評価:★★★☆☆(2.89程度)
  • 見学時間:平均約19分
  • 攻城人数:約95人(城郭愛好家サイトのデータ)

小規模な城址のため、大規模な石垣や天守などの派手な見所はありませんが、源平合戦の歴史ロマンを感じられる点や、海城という珍しい立地が評価されています。歴史好きや三浦一族ファンには特におすすめのスポットです。

鐙摺城の保存と今後

鐙摺城址は葉山町の町史跡として指定されており、地域の貴重な文化財として保護されています。ただし、大規模な整備は行われておらず、自然の中に静かに佇む状態が保たれています。

近年、鎌倉殿の13人などの大河ドラマの影響で三浦一族への関心が高まっており、鐙摺城を含む三浦一族ゆかりの史跡への注目度も上がっています。今後、適切な保存と活用のバランスを取りながら、この貴重な歴史遺産を後世に伝えていくことが期待されています。

まとめ:鐙摺城の魅力

鐙摺城は、規模こそ小さいものの、以下のような多くの魅力を持つ城郭です:

  1. 源頼朝挙兵時の重要な舞台:石橋山の戦いに関連する歴史的価値
  2. 三浦一族の海城:水軍拠点としての独特の立地
  3. 三浦半島の入口を守る要害:戦略的重要性
  4. 旗立山・軍見山という別名:それぞれに歴史的エピソードを持つ
  5. 美しい海岸景観:葉山の自然と一体となった史跡

神奈川県内には小田原城や鎌倉の史跡など有名な歴史スポットが多数ありますが、鐙摺城は知る人ぞ知る隠れた名城です。三浦半島を訪れる際には、ぜひこの小さな海城に足を運び、源平の時代から戦国時代まで続いた三浦一族の歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

葉山の美しい海を眺めながら、かつてこの地で旗を立てて気勢を上げた三浦の武者たちの姿を想像する――それが鐙摺城ならではの楽しみ方です。

地図

Google マップで開く

Google マップで開く

近隣の城郭