春日山城 新潟

所在地 〒943-0802 新潟県上越市中屋敷他
公式サイト https://www.city.joetsu.niigata.jp/site/cultural-property/cultural-property-jpn002.html

春日山城 新潟|上杉謙信の居城、難攻不落の山城を徹底解説

新潟県上越市に位置する春日山城は、戦国時代の名将・上杉謙信の居城として全国的に知られる山城です。標高約180メートルの春日山全体を城郭として整備した壮大なスケールの城跡は、国の史跡に指定され、日本百名城にも選定されています。複雑な地形を巧みに利用した難攻不落の天下の名城として、現在も多くの歴史ファンや観光客が訪れる新潟県を代表する観光スポットとなっています。

春日山城の歴史と上杉謙信

春日山城の築城と発展

春日山城の築城時期については諸説ありますが、南北朝時代の14世紀中頃、越後守護代であった長尾高景によって築かれたとされています。当初は小規模な山城でしたが、戦国時代に入り、長尾為景、そしてその子である上杉謙信(長尾景虎)の時代に大規模な拡張が行われました。

謙信は1548年に春日山城主となり、以後約30年間にわたってこの城を拠点に越後国を統治しました。謙信は城の防御力を高めるため、複雑な自然の地形を最大限に活用し、山全体を巨大な要塞へと改修していきました。その結果、春日山城は約2キロメートル四方に及ぶ全国屈指の規模を誇る山城となったのです。

上杉謙信と春日山城

上杉謙信は「越後の龍」「軍神」として知られる戦国時代を代表する武将の一人です。川中島の戦いでの武田信玄との激闘は特に有名で、謙信は生涯で70回以上の戦に出陣したとされています。

謙信は毘沙門天を深く信仰しており、春日山城内には毘沙門堂が建てられていました。謙信自身も「毘」の旗印を掲げ、自らを毘沙門天の化身と考えていたと伝えられています。この信仰心の厚さと軍事的才能が、難攻不落の春日山城の築城思想にも反映されていると考えられています。

謙信没後の春日山城

1578年に上杉謙信が急死すると、養子である上杉景勝と上杉景虎の間で家督争い(御館の乱)が勃発しました。この争いに勝利した景勝が春日山城を継承しましたが、1598年に豊臣秀吉の命により会津へ転封となります。

その後、堀秀治が春日山城に入城しましたが、1607年に福島城(現在の上越市)へ居城を移したことで、春日山城は廃城となりました。わずか約60年という短い期間でしたが、上杉謙信の居城として春日山城は歴史にその名を刻んだのです。

春日山城の構造と特徴

山城としての巧みな縄張り

春日山城最大の特徴は、複雑な地形を巧みに利用した縄張りにあります。標高約180メートルの春日山の頂上に本丸を配置し、その周囲に二の丸、三の丸、さらには家臣団の屋敷が山の裾野まで広がる総構えの構造となっていました。

城域全体は東西約900メートル、南北約1,700メートルにも及び、山全体が一つの巨大な要塞として機能していました。この広大な城域には、直江屋敷、柿崎屋敷、護摩堂、毘沙門堂など、重臣たちの屋敷跡や宗教施設が点在しており、当時の城下町の様子を今に伝えています。

防御施設の工夫

春日山城が「難攻不落」と称された理由は、その巧妙な防御施設にあります。城内には数多くの空堀や土塁が設けられ、敵の侵入を阻む仕組みが随所に見られます。

特に注目すべきは、自然の地形を最大限に活用した防御システムです。急峻な斜面をそのまま利用することで、石垣をほとんど用いずに強固な防御を実現しています。また、山の尾根筋に沿って配置された曲輪(くるわ)は、敵の動きを制限し、守備側に有利な戦闘を可能にしました。

城内最大の遺構である大井戸は、籠城時の水源確保のために掘られたもので、深さ約15メートル、直径約3メートルの規模を誇ります。この井戸の存在が、長期戦にも耐えられる城の機能を支えていました。

現存する遺構

現在の春日山城跡には、建造物は残っていませんが、当時の面影を伝える多くの遺構が良好な状態で保存されています。

主な遺構として、本丸跡、二の丸跡、三の丸跡などの曲輪跡、空堀、土塁、虎口(城の出入口)、井戸跡などが挙げられます。これらの遺構は、戦国時代の山城の構造を理解する上で非常に貴重な資料となっており、1934年には国の史跡に指定されました。

山城の特徴である土塁や空堀は、現在も明瞭に残っており、登城路を歩きながらその防御機能を体感することができます。特に本丸周辺の空堀は深く、当時の技術力の高さを物語っています。

春日山城跡の見どころ

本丸跡からの絶景

春日山城の最大の見どころは、標高約180メートルの本丸跡から望む雄大な景色です。天候に恵まれれば、頸城平野を一望でき、遠くには日本海や妙高連山の山並みを眺めることができます。

上杉謙信もこの場所から領国を見渡し、戦略を練ったことでしょう。本丸跡には謙信を祀る石碑が建てられており、多くの観光客が記念撮影をする人気スポットとなっています。春や秋の晴れた日には、特に美しい景観を楽しむことができます。

毘沙門堂跡と謙信の信仰

本丸の西側に位置する毘沙門堂跡は、上杉謙信が深く信仰した毘沙門天を祀っていた場所です。謙信は出陣前にこの堂で戦勝を祈願したと伝えられています。

現在は堂宇は残っていませんが、平坦な敷地が当時の建物の規模を物語っています。謙信の信仰心の厚さを感じられる重要な史跡として、多くの歴史ファンが訪れる場所となっています。

直江屋敷跡と家臣団の屋敷群

春日山城の裾野には、上杉家の重臣たちの屋敷跡が点在しています。中でも有名なのが、上杉家の家老として活躍した直江兼続の屋敷跡です。

その他にも、柿崎景家の屋敷跡、千貫門跡など、当時の家臣団の配置を示す遺構が残されています。これらの屋敷跡を巡ることで、戦国時代の城下町の様子や、謙信を支えた家臣団の存在を実感することができます。

春日山神社

春日山城跡の中腹に位置する春日山神社は、明治時代に上杉謙信を祭神として創建されました。境内からは上越市街を見渡すことができ、春日山城跡への登城口としても利用されています。

神社には謙信ゆかりの品々が奉納されており、参拝後に城跡散策を楽しむ観光客も多く見られます。春日山城観光の起点として、まずこの神社を訪れることをおすすめします。

春日山城周辺の観光施設

春日山城跡ものがたり館

春日山城跡の麓に位置する「春日山城跡ものがたり館」は、春日山城の歴史や上杉謙信について学べる無料の展示施設です。館内では、春日山城の復元CGや上杉謙信の生涯を紹介する映像が上映されており、城跡を訪れる前の予習に最適です。

施設内にはパンフレットやマップも用意されているため、城跡散策の情報収集拠点としても活用できます。開館時間は9時から16時30分まで(11月から2月は16時まで)で、休館日は月曜日(祝日の場合は翌日)と年末年始です。

上越市埋蔵文化財センター

上越市埋蔵文化財センターでは、春日山城跡や上越市内の遺跡から出土した貴重な資料が展示されています。春日山城に関する発掘調査の成果や、出土品を通じて、当時の城の様子をより詳しく知ることができます。

また、こちらでは春日山城の御城印が頒布されており、城巡りの記念として人気を集めています。御城印コレクターには必見のスポットです。

林泉寺

春日山城の南東約2キロメートルに位置する林泉寺は、上杉謙信が幼少期に修行した寺として知られています。謙信の墓所があり、境内には謙信や上杉家ゆかりの史跡が数多く残されています。

特に有名なのが、謙信が7歳から14歳まで修行した際に使用したとされる「春日山城主上杉謙信公墓所」です。春日山城とセットで訪れたい重要な史跡です。

春日山城へのアクセス

電車でのアクセス

春日山城跡へ公共交通機関で訪れる場合は、えちごトキめき鉄道「春日山駅」が最寄り駅となります。春日山駅から春日山城跡ものがたり館までは徒歩約25分、本丸跡まではさらに登山道を約40分程度歩く必要があります。

また、JR「直江津駅」からバスを利用する方法もあります。頸城バスの春日山線に乗車し、「春日山荘」バス停で下車すると、ものがたり館まで徒歩約5分です。ただし、バスの本数は限られているため、事前に時刻表を確認することをおすすめします。

車でのアクセスと駐車場

車で訪れる場合、上信越自動車道「上越高田IC」から約15分、北陸自動車道「上越IC」から約20分でアクセスできます。

駐車場は春日山城跡ものがたり館に無料駐車場(約50台)が整備されています。また、春日山神社の近くにも駐車スペースがあります。ただし、観光シーズンや週末は混雑することがあるため、早めの時間帯に訪れることをおすすめします。

春日山城登城のポイント

所要時間と服装

春日山城跡の散策には、ものがたり館から本丸まで往復で約2時間から2時間30分程度を見込んでおくとよいでしょう。山道を歩くため、歩きやすい靴と動きやすい服装が必須です。

特に雨天後は登山道が滑りやすくなるため、トレッキングシューズなどグリップ力のある靴を着用することをおすすめします。また、夏場は虫よけスプレーや帽子、飲料水を持参すると快適に散策できます。

おすすめの散策ルート

初めて訪れる方におすすめのルートは、春日山城跡ものがたり館で情報収集→春日山神社で参拝→大手道から登城→直江屋敷跡→毘沙門堂跡→本丸跡→景勝屋敷跡を経て下山、というコースです。

このルートであれば、主要な見どころを効率よく巡ることができます。体力に自信のある方は、柿崎屋敷跡など、さらに広範囲を散策するのもよいでしょう。

四季折々の魅力

春日山城跡は四季を通じて異なる魅力を楽しめます。春は桜や新緑が美しく、夏は深い緑に包まれた山城の雰囲気を満喫できます。秋は紅葉が見事で、特に本丸からの眺望は格別です。冬は雪景色の中に佇む城跡が幻想的ですが、積雪時は登山道が危険なため、十分な装備と注意が必要です。

最も観光客が多いのは春と秋ですが、それぞれの季節に応じた春日山城の表情を楽しむことができます。

春日山城と日本百名城

春日山城は、財団法人日本城郭協会が選定した「日本100名城」の第32番に選ばれています。また、日本五大山城の一つに数えられることもあり、山城としての価値が高く評価されています。

日本百名城のスタンプは、春日山城跡ものがたり館に設置されており、開館時間内であれば押印することができます。城巡りを趣味とする方にとって、春日山城は必見のスポットといえるでしょう。

春日山城周辺のおすすめ観光スポット

高田城跡

春日山城から車で約20分の距離にある高田城跡も、上越市を代表する観光スポットです。徳川家康の六男・松平忠輝によって築かれた平城で、現在は高田公園として整備されています。春には約4,000本の桜が咲き誇り、日本三大夜桜の一つとして有名です。

上越市立歴史博物館

上越市の歴史を総合的に学べる施設で、春日山城や上杉謙信に関する展示も充実しています。常設展示では、上越地域の古代から近現代までの歴史を時系列で紹介しており、春日山城の理解を深めるのに最適です。

道の駅うみてらす名立

日本海に面した道の駅で、新鮮な海の幸を使った料理や地元の特産品を楽しめます。春日山城観光の帰りに立ち寄り、日本海の夕日を眺めながら休憩するのもおすすめです。

春日山城観光のモデルコース

日帰りコース(所要時間:約6時間)

9:00 春日山城跡ものがたり館で情報収集・御城印入手
9:30 春日山神社参拝
10:00 春日山城登城開始
12:00 本丸到着、昼食休憩
13:00 下山開始
14:00 上越市埋蔵文化財センター見学
15:00 林泉寺参拝
16:00 高田城跡・高田公園散策
17:00 観光終了

このコースであれば、春日山城を中心に上越市の主要な歴史観光スポットを効率よく巡ることができます。

1泊2日コース

1日目に春日山城とその周辺施設をじっくり散策し、2日目に高田城や直江津港周辺の観光を楽しむプランもおすすめです。上越市内には温泉宿も多く、ゆっくりと歴史散策を楽しめます。

春日山城観光の基本情報

入場料と開館時間

春日山城跡自体は屋外の史跡であるため、入場料は無料で、24時間散策可能です。ただし、安全のため日中の明るい時間帯に訪れることを強くおすすめします。

春日山城跡ものがたり館の開館時間は、3月から10月が9:00~16:30、11月から2月が9:00~16:00です。休館日は月曜日(祝日の場合は翌日)、祝日の翌日、年末年始(12月29日~1月3日)となっています。

問い合わせ先

春日山城跡ものがたり館
住所:新潟県上越市大豆334
電話:025-544-3777

上越市観光コンベンション協会
電話:025-543-2777

最新の情報や天候による登山道の状況については、事前に問い合わせることをおすすめします。

まとめ

新潟県上越市にある春日山城は、戦国時代の名将・上杉謙信の居城として、日本の城郭史上極めて重要な位置を占める山城です。複雑な地形を巧みに利用した難攻不落の城塞は、現在も多くの遺構を残し、国の史跡として保護されています。

標高約180メートルの本丸跡からは頸城平野や日本海を一望でき、謙信が見た景色を追体験することができます。空堀、土塁、大井戸などの山城の特徴的な遺構を巡りながら、戦国時代の息吹を感じられる貴重な観光スポットです。

春日山城跡ものがたり館や上越市埋蔵文化財センターなど周辺施設も充実しており、歴史ファンだけでなく、家族連れやハイキング愛好者にもおすすめの場所となっています。四季折々の自然美と歴史ロマンが融合した春日山城を、ぜひ訪れてみてください。

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